連載

対論[第5話・前編]鶴澤寛也×田中康嗣
モジュールを組み合せる

明治時代、元祖アイドルともいうべき女性たちがいました。それは、ドラマチックな語りものの三味線音楽「娘義太夫」。語り手である太夫とそれを盛り上げる三味線の伴奏が一体となって物語を語り聞かせる芸能です。江戸後期に始まり、明治期には全国的なブームに。娘義太夫が乗った人力車を追いかけるほどの熱狂的なファンもいました。夏目漱石や高浜虚子、志賀直哉などの文豪も娘義太夫のオタクだったと言われています。今回は、現在「女流義太夫」と呼称を変えたこの女性による芸能、300年の時を超え伝え繋がれてきた女流義太夫の世界に生きる鶴澤寛也さんとのお話から「持続可能な地球」を導くヒントを学びます。

鶴澤寛也(Tsuruzawa kanya)
女流義太夫三味線
1983年 鶴澤寛八に入門
1993年 豊澤雛代の預かり弟子となる
2007年 鶴澤清介の預かり弟子となる
2009年 重要無形文化財「義太夫節」・総合指定保持者認定
主に女流義太夫演奏会やNHKの邦楽番組などに出演。レクチャーなどを通じて、女流義太夫の宣伝・普及活動にも尽力している。また石川さゆりリサイタル、しりあがり寿ライブパフォーマンスなど古典以外のイベントにも参加するなど、幅広く活動している。第二十五回伝統文化ポーラ賞奨励賞など受賞多数。
(一社)義太夫協会理事 / 義太夫節保存会会員 / 京都芸術大学非常勤講師
鶴澤寛也さんWebサイトはこちらから

 

●モジュールで組み立てる

田中:日本文化が持つ持続性を語るとき、その大きな特色のひとつに「型を継承する」ということがありますよね。ひとりひとりがある意味自由に、自分の流儀で進むタイプの文化文明は、良い悪いは別にして、つながり・つづいてゆくことは難しい。その点、日本文化、特に日本の芸能はどれもみな、師の芸をつないでゆくことを最も大切にするので、欧米の芸能に比べると圧倒的に持続性があります。
けれど一方で、この「型を継承する」ということが、その本家本元の日本でも、近年ではあまり良いこととは思われず、時には反発や否定的反応を招くことがありますよね。「型」などということより、自由な表現を目指すべきだ、とか。

寛也:ええ、例えばね、家をつくるということを考えるとき、ある種の「型」が設定されていることはとても重要なのですよね。日本の家屋でも、畳の寸法がまずあって、襖や障子や欄間や引き戸などがそれぞれ決まりの型で構成されています。モジュールの組合せだから、大工や左官や建具職人といった沢山の人が関わる場合も、共同作業がスムーズに進みます。建屋の一部を修繕して取り替えたり、全部を解体して別の場所に移築したりするときも、とても効率よく無駄なく進めることが出来る。

田中:すべてがある種の「型」つまりモジュールで構成されていれば、共同体の中でそれらが共有知として機能しますものね。

寛也:そう。私たちの義太夫節も、いろいろな芸能を取り込んでつくられていて、モジュールの組合せのようなところがあるのですよ。新たにつくり出されたもの、というよりさまざまな型の組合せ。ミクスチャー・アートのようなもので、類のない独創を重視する欧米では、あまり重きを置かれていない気がしますが、日本ではそこがとても大切で。もっとも、その組合せが良いかどうか、組み合わせるセンスがあるかないか、ということは問われるけれどね。

田中:日本文化は、組み合わせ、積み重ね、つなぎ合わせて創られる文化ですからね。近代の西洋的思考だと、それでは独創に欠けるということになるのでしょうが、そういう独創至上の思考法がはたして最良なのかどうか、大いに疑問がある。

寛也:そうですね。一人の芸術家がゼロから創ってゆく方が、実際は大変なことだと、私は思うのです。とても高い目標があって、そこに到達するということを考えたとき、積み重ねて進む方がずっと楽。抑えることの出来ない湧き上がる創作への衝動を持った不世出の大天才とか、1000年に一人の逸材でないと、最高峰まで辿り着かない気がします。型を組み合わせていくような目指し方の方がむしろ登りやすく、自分自身にも合っているのかな、と思います。

田中:これは、文化の受け手にとっても有益な視点ですね。さまざまな日本文化がモジュールの構成でできあがっている、という理解があれば、鑑賞するときも随分ラクになれる気がします。歌舞伎でも能楽でもそして女流義太夫節でも。さまざまなパーツやユニットの組み合わせとして受け取る方が、ざっくりとした全体論で受け入れようとするよりずっとわかりやすい。

寛也:三味線の演奏でもそうで、ある意味、パーツの組み合わせですから。一見難しいように見えるところも、いくつかのパーツが組み合わさってできています。そうでなければ長時間無本で演奏するなんてできないです。この手が来たら、次はこう来るなっていう共通認識がある。だからお弟子さんにもセットで覚えてねって言ってる。そうしないと、お稽古のすべてが生まれて初めてでは、教える方も教わる方も大変です。舞台をご覧になる方にも、この仕組みを分かってもらえると、解りやすくなるし、楽しみどころも増えると思います。

田中:太棹だけでなく、小鼓や篠笛、能管などでも同じ仕組みがありますよね。お能や文楽、歌舞伎などにも、モジュールつまり規定の型の組み合わせがたくさん出てくる。さらに言えば、例えば絵画表現でも。日本画の世界では、川縁に柳の木があって、男と女がいれば、伊勢物語の第六段の「芥川」で、川に架かった板橋、燕子花の群生、歌を詠む男たち、といったモチーフがあれば、第九段の「八橋」になる。こうしたモチーフつまり文化的モジュールは、共通認識として受け継がれたものですから、一部が欠けていても成立する。先の八橋の絵などでは、歌を詠む男たちが描かれず、橋と燕子花だけでも成立し、さらに進めば、ただ燕子花の群生だけになっても昔男の東くだりの物語が共有できるのですものね。

寛也:文化的モジュールを知っていれば、1000年前の物語世界でも共有できて、同じ感動を共有できる。とても持続的なシステムですよね。

 

●神へと向かう文化と人間から始まる文化

田中:ただ、そうしたモジュール、つまりある種の「型」は、身につけるのに少なからず手間と時間がかかる。お稽古とか修行とかが必要ですよね。

寛也:そうですね。私の師匠は大正生まれで、明治生まれの師匠の師匠からは、「アホ!」だとか、「やめてまえ!」というような言葉ばかりで、具体的に教わるということはなかったようでした。しまいには撥が飛んでくるような・・・。私たちには「アホ」とかはおっしゃらなかったけれど、ただ向い合せで弾いてくださるだけで細かいご注意はなく、あとは自分次第という感じでした。

田中:褒められることはまずない、というのは、よく聞く話ですね。

寛也:はい。私自身も褒められたことなどほとんどないし、褒め方もわからない。でも、それについてある人から「あなたたちの場合は目標がすごく上にあるから、いつまでもそこには到達しないわけですよ。だから、いつも叱られて当然。ゼロから創り上げる、自分からクリエイトする人の場合は、そうじゃない。褒めなければ伸びない」と言われて。目から鱗が落ちましたね。ゼロから創り上げる人と違って、私たちみたいに、頂点が決まっているというか、遙か上に芸の神さまのように屹立する存在があって、そこに向かって行く場合は、足りないものがいっぱいあるわけで、それをしっかり指摘してもらわないと上には行けないということだと思うのです。

田中:おもしろい視点ですね。あらゆる先行するものを否定して、独創でもって際だった存在を目指すのと、すべての先人を敬い、徹底して学び真似ることで頂を目指し、それを越えてゆく。どちらにしてもタイヘンなことですが。

寛也:こちらは、300年、350年にわたって洗練されてきたものがあるのですから、それは本当に険しい道程です。

田中:初学者にとっては、自分なりなところから始められる方が楽かも知れませんね。神の領域を目指すよりも人間の所から始める方が入りやすい。けれど、型をひとつひとつ積み上げてゆく方が頂点に肉薄できる可能性は高い気がしますね。少なくとも、全体のレベルや洗練度は高くなる。そもそも、どんなに優秀な人物でも、一人の人間が出来ることなどたかが知れている。何世代も連なる先人たちが成し遂げ積み上げてきた成果を否定するなんて、とてももったいないし、失礼なことだと思います。料理の世界でもそんな話しを耳にしたことがあります。何千何百という本当に多くの先人たちが、それこそ1000年以上の時を積み重ね、遂に行き着いた見事な組み合わせなどがあるわけで。鰤大根とか鴨葱とか筍と若芽とか鱧と松茸とか。それを、ぽっと出の若い料理人が思いついたような意外な組み合わせが越えてゆくことなど、まああり得ない。新進気鋭の料理人によるインパクト抜群の創作和食なんてものが旨いわけがない、ってね(笑)。(後編へ続く

 

 

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