連載

対論[第4話・後編]橘右之吉×田中康嗣
まがいものを見抜き、もどきを楽しむ

●伝統は古びない

田中:それでもなお、古いものは劣ったもの、という考えから脱することができない人、多いですよね。

橘:いつまでたっても、何処まで行っても、流行の「新品」に追い回されつづける人間たちだね。そもそも新機軸っていうのは絶対古びるんだよ。新しいものの考え方とか技術とか表現というものは、少し時間が経つとスグに古びるんだから。けれど、古いものは古びないじゃない。初めから古いんだもの。

田中:なるほど、そりゃあそうだ。伝統的なものは、どこまで行っても伝統的だ。その存在自体がアプリオリに持続的。そんな抽象的なことではなく、もっと実際的にも、伝統的なものの方がずっと持続性がある、という例は枚挙に暇がない。例えば、記録媒体としての和紙などがそうで、和紙に墨で書かれた文書などは、1000年経過しても残っているものがある。

橘:それはすごいよね。和紙は、楮や三叉の繊維でつくるんだけれど、その繊維ひとつひとつが長いので、風合いも出るし耐久性もある。洋紙ではそうはいかない。

田中:世界には、さまざまな記録媒体があるけれど、結局和紙に墨で書いたものが、事実として長く持ちますよね。比較できるのはヒエログリフが刻まれた石碑くらいかな。

橘:あとは、かなり劣化するけれど木管ね。

田中:容易にしかも大量に使えて、しかも長い間残す、ということなら、和紙の上に墨で書いたものが一番じゃないかな。

橘:江戸の頃の大福帳なんて、今でも大量に残っているものね。

田中:反対に、一番持ちの悪いのがデジタルなんじゃないか、と思いますよ。例えば、僕はその昔、広告会社に勤めるコピーライターだったのですが、一番最初に書いたコピーは原稿用紙にペンで書いているから今でも倉庫の奥深くに保存してあって、掘り出せば読める。ところが、その数年後にワードプロセッサーという機械が現れて、文章はフロッピーディスクに保存されるようになった。今でも、同じ倉庫にフロッピーディスクは保管されてはいるのですが、それを読もうとするとたいへんなことになる。まあ、素人では手の施しようがありません。その後、記録媒体は、MOディスクになり、CD-ROMやDVDになり、スマートメディアが現れ、ハードディスクへの保存が進み、メモリーカードやらフラッシュメモリやらが次々に投入され、今ではクラウドコンピューティングとやらで、自分の書いた文章がどこだか分からぬ秘密の?空間に保存されているらしい・・・、というようなことになっている。それぞれの記録媒体専用のドライバーがあったとしても、コンピュータとつなぐ規格が違っていますから、ドライブすることは出来ないし、その問題をクリアしても、ソフトのバージョンが古くて読めなかったり、コンピュータのOSが変わっていたり、という状態で、原稿用紙以降のコピーは、ほとんどすべて再読不能になっているのです。

橘:愚かなことに記録媒体をコロコロコロコロ変える。喜んでそれに同調して、貴重な記録をそれに預けてる。クラウドにあげちまって手元には持ってなくて、必要な時だけ落としたらいいよって。飛んじゃったらどうすんだろう。それが30年たっても使える保証はどこにもないのにね。

田中:30年後に使える可能性はほぼないですね。スケジュールなども、自分も含めて、デジタルデータ上で管理している人が多いのですが、スグに確認できるのは、前後数年がとこで、例えば10年前の年末年始に自分がどこにいて誰と何をしていたのか、といったことを再起しようとすると、非常に難しい問題に直面します。

橘:紙ベースのダイアリーか何かにしなかったら絶対無理だよね

田中:日本では、藤原道長が記した「御堂関白記」の自筆本が残っていますからね。今から1000年以上前の和紙に墨で書かれたダイアリー。現存する世界最古の自筆日記だ。

橘:コンピュータ時代、インターネット時代の記憶なんて、1000年の単位で考えるととても怪しいよな。特に個人史、個人的な記憶、今を生きる市井の人々の暮らしの記録なんて、1000年後にはほとんど残っていないんじゃないか。江戸時代を生きた人々の日記ならごまんと残っているのにね。ここんとこの新機軸、新しいテクノロジーには、本当に持続性がない。江戸の頃は、新機軸っていうか、新たに作ってるものは本当に少ないですよ。ほとんどが再利用。幕末に外国人が来て江戸の町を見て、なんてまぁきれいな街なんだって。そりゃそうだよ、ゴミが落ちてねえんだから。みんな拾って再生、再利用。今の東京はゴミだらけだ。考え直さなきゃね。

●もどきとまがいもの

田中:我々現代人は、新機軸、最新のデジタルテクノロジーなどをありがたがり過ぎなのかも知れませんね。

橘:僕たちがやってる仕事でも、パソコンだとかワードプロセッサーってのは困った存在なんですよね。江戸文字というのは、江戸時代に盛んに使われ、親しまれた、いくつかの文字を総称したもの。芝居文字とか、相撲字、寄席文字などで、元は御家流からきている。鎌倉時代に青蓮院門跡だった尊円法親王が、書風「青蓮院流」を創始して、これが伏見天皇より「伝えて家の流れとせよ」とのお言葉いただき「御家流」と呼ばれるようになって、広く一般に定着した。徳川時代には、この御家流(青蓮院流)が公用文字になって、高札や制札、公文書の書法にもなったんだ。実用の書だったから、寺子屋などの手本としても採用され、あっという間に、全国に浸透した。文字は庶民の手に渡ると、それぞれの領域、職域で独自の発展をとげて、街の香りのする町人の文字になる。それが今につづく江戸文字、つまり芝居文字や寄席のビラ字、相撲字、町火消しの加護字なんかというわけ。

田中:はい。それがワープロやコンピュータの出現で・・・。

橘:似ても似つかない「まがいもの」が跋扈するようになった。勘亭流フォントなんてものがそれでね。僕に言わせりゃぁ、使い物にならないのだけれども、お手軽でお金もかからなくて、らしい雰囲気にはなるので、皆が使うようになる。まがいものがほんものを駆逐しちまう。素材も書風もまったく違う、プラスティックの板にフォント文字をプリントしたような消し札なんてものがね。

田中:それは、それを選んでしまう客の問題もありますね。芸能などもそうですが、いわゆる見巧者みたいな客がほとんどいなくなったから、まがいものの芸でも堂々と通用するようなことになっている。客のレベルが下がると、良いものを正しく評価できなくて、100円ショップでいいよ、みたいな話になっちゃって。

橘:昔はね、土地の職人だとかが客を育てていったんだよ。変なもの持っていたりすると、若旦那それじゃあみっともないからこうしなさいよって。腕に良い職人のところへ客を連れてって、見合うもの作ってやってくれって。そんなやりとりで次の世代へも橋渡しができたんですよ。客も職人も学ぶことができた。まがいものじゃない本当の物の受け渡しを通して文化もつながっていた。

田中:今は、そういう社会的仕組みも崩壊してますよね。特に日本のもの作りは職人仕事だから、発注する人がちゃんとしていないとどうしようもないですよね。仕事を依頼する側が、ほんものとまがいものを区別できないようでは話にならない。客もちゃんと育てていかないと、良い職人の活躍の場がなくなりますよね。

橘:だけどね、ほんものは確かに大切だが、そればっかりってのも野暮なものでね。値も張ることが多いもんで、ほんものばかり並べるわけにもいかない。そこで、日本には見立てだとか、見立てで出来上がるもどきなんてものがあるわけ。江戸の頃は、さまざまな禁令が度々出たでしょ。そこで知恵を使ったんだよね、昔の人は。例えばこれはダメだって言われたら、じゃあ許される範囲の中でどうしたらいいんだろう、てことに真剣に取り組んだ。規則や型があれば否定するのではなくて、受け入れながらそれを越えてゆく。

田中:ものごとは、制約があった方が面白いってこともあるかもしれないですね。今は、何もかもが自由で、なんの制約もないから余計に苦しい気もします。

橘:そう。例えば、奢侈禁止令が出るでしょ。それで、銀を身につけることは御法度となる。すると、白鼠なんて色を銀に見立てて、銀もどきをつくって楽しんだ。本物とは違うんだが、まがいものでもない。もどきってのが制約の中での豊かさをつくっていたのですよ。結果として、四十八茶百鼠なんてものが出来上がる。柔らかな精神さえあれば、規制や制約がかえって豊かな文化や多様な社会をつくっていくんですよ。今の日本にも、まがいものを見抜き、もどきを楽しむ。そんな人が増えればいいんだけどね。

田中:野放図な自由ではなく、曖昧でいい加減、だけれども豊かな世界があるのですね。江戸のセンス。まだまだ学ぶべきことがたくさんありますね。

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撮影:井手勇貴

 

 

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