連載

対論[第4話・前編]橘右之吉×田中康嗣
あめつちから生まれ、あめつちへ還る

古来より日本人は、限られた資源のなかで物を大切に使い回し、最後まで使い尽くす暮らしをしていました。例えば江戸時代、鍋や釜を直す鋳掛屋、割れた陶器を直す瀬戸物継ぎ、桶や樽の箍(たが)を締め直す箍屋、すり減った下駄の歯だけを新しいものに差し替える下駄屋など、さまざまな修理屋がたくさん町を歩き廻っていたそうです。身の回りのありとあらゆものを、これらの職人たちに修理してもらいながら使い続け、新しい物を買うことは少なかった。
また、紙くず、燃えかすの灰、糞尿、さらには溶けた蝋燭の蝋までが回収され売買され、再利用されていました。江戸時代は、現代の「エコ」や「リサイクル」という言葉を使うのが恥ずかしくなるほど徹底された、完全な循環型社会だったのです。

今回お話を伺ったのは、そんなことを常日頃から教えてくださる橘流寄席文字・江戸文字書家の橘右之吉さん。江戸っ子の知恵と工夫、そしてセンスに溢れた暮らしから、持続可能な地球を導くヒントを考えます。早速対談スタートです。

橘右之吉(Tachibana Unokichi)
橘流寄席文字・江戸文字書家。1950年 東京生まれ。1969年 橘流寄席文字家元の故・橘右近師匠より正式な継承者として認められ「橘右之吉」の筆名を認可される。以来、国立劇場や国立演芸場などのポスターをはじめ、多くの筆耕に携わり、1975年に株式会社文字プロを設立。2010年アトリエ兼工房の株式会社UNOSを湯島天神前に構える。従来の寄席、千社札、奉納額、招木、湯島天満宮、浅草鷲神社、柴又帝釈天などの伝統的な仕事に加え、浅草観光連盟、京都市観光協会、東都のれん会等の催事のタイトル筆耕とデザインから、書籍、CD、イベントタイトル、「大江戸温泉物語」をはじめ企業名や施設のロゴタイプまで多くの仕事を手がけている。

 

●あめつちの文化
橘右之吉(以下、右之吉):もともと日本てのはね、皆さんどうおっしゃってるかわからないけど、俺が考えるのは「あめつち」で出来てたわけだよ。太陽があって、土があって、雨が降って、そこんとこでモノが生まれて、それを利用して人間の生活が回転していた。

和塾理事長 田中康嗣(以下、田中):そして最後にはすべてが「あめつち」に還ってくる。

右之吉:そう。そういうものごとの根本を、今の日本はどこかで忘れちゃって、夜になったら電気が煌々とついて、小腹が空いたらカップの即席麺を食って、爺さん婆さんの家までは高速乗ってクルマで行く、などという元々の根本とは逆の方向の文化を求めちゃった。みんなが、何が幸せで、どこが不幸せなんだかわからなくなっちまってる。短期的には、それは便利かもしれないし、気楽に生きることができるのかもしれない。けれど今まで200年300年やってきた、1000年2000年積み重ねてきたことをうっちゃってしまっていいのか、ってことだよね。

田中:刹那刹那の世の中。今さえ良ければそれでイイ。大事なのは、インスタで映えるかどうか、みたいな思考。明治以降、特に先の大戦以降は、そんな考えが日本の根本になってしまっていますよね。持続性などほとんどない。

右之吉:持続するわけがない。

田中:近年、世界的な問題となっているプラスチックごみなどがその典型ですよね。便利だから、効率が良いから、安価だから、とさまざまな自然素材をプラスチックなどの石油由来製品に置き換える。今では、日本人ひとりが年間に消費するプラスチックは75㎏にもなり、世界で年間800万トンが海洋投棄されるような悲惨なことになっているというのですから。世界の海は今やマイクロプラスチックのスープとなっている、とまで言われている。「あめつち」とはほど遠い世界です。

右之吉:例えば、着物ね。日本が世界に誇る発明品ですよ。モノだけではなくて、そのシステムが秀逸でしょ。一枚の着物があれば、一年通してそれでイイ。暑いうちは単衣で着て、秋になったら裏を貼って袷(あわせ)にして、寒くなると綿を入れた。元は一枚の着物だ。サイズが一定の反物だから、解いて洗って、向きを変えて仕立て直せば新しくなる。寸法を詰めれば子ども着になる。その後は赤ん坊のオシメになる。最後の最後には、布巾や雑巾となって活躍する。さて、それでお終い、と思ったら、まだ先があるんだ。端切れを燃やして灰を集めて灰汁を使って家の大掃除だ。「あめつち」から生まれて「あめつち」に還っていく。それが日本の着物。

田中:まさに究極の循環が完成している。現在のファッション業界などには、そんな発想はカケラもないですからね。ビジネスですから。毎年毎年、新しい衣装を買ってくれる人がたくさんいないと成立しない。まだ十分着ることができる服を無理矢理流行遅れにして捨ててもらって次を買っていただく。最後はマイクロプラスチックになるような化学繊維でつくる。良く考えるとまったく無意味な大量生産と、それを維持するための大量廃棄が背中合わせになっている。パリコレなどで開陳される今年の新作を競って購入するような恥ずかしいことを未だにやってる人がいることに驚きますよね。

右之吉:着る物だけではなくてね。例えば、食べものを包むとき。越後の笹団子や水戸の納豆を見てごらん。笹で包んだり、藁でくるんだり。自然のものしか使ってないから、燃やせば灰になり、肥料として畑に撒けば土に還って野菜を育てる。

田中:笹や藁で包めば、風味が加わって食べものもいっそうおいしくなる。それを今は、何もかも工業製品で包んでいますよね。塩化ビニルの袋やポリエチレンのパック。みなプラスチック素材だ。

右之吉:昔は肉屋だって竹の皮に包んでくれたものです。端をスッと切ってカッと丸めて差し込んで、実に手際の良い仕事を見ることができた。

 

●時が産む風合い

田中:随分前に右之吉さんと話していて、今でも忘れられないことがあります。今どきの商品は、買ったとき、つまり新品の時が一番良い状態で、その後は時と共にどんどん古びて良からぬものになる。けれど、昔ながらの日本のものは、新品の時より時間を経たものの方が良くなるんだ、という話し。右之吉さんがつくる「消し札」が良い例ですが、柘植の木に漆で文字を載せているから、3年・5年と使っていると、柘植の木は見事な飴色に変化し、漆には艶と透明度がどんどん加わり、得も言われぬ味わいのある札になっていく。10年20年経過した消し札は、誰もが羨む逸品に育つ。

右之吉:古美という美だね。時間と共に増す美しさを受け入れる感性があるかどうかという問題だ。新しいものほど価値が高い、という考えだけでは世の中おもしろくないから。

田中:女房と畳は〜なんて言葉もあるにはありますが、そうでないもの、つまり、時と共にその価値が高まるようなもの、日本にはたくさんありますよね。

右之吉:20年経った消し札を持ってきて、これをもうひとつつくってください、つったってできねぇんだから。新品を手にして、20年使ってもらうしかない。職人と使う人と経過する時間の合作ですよ、逸品というものは。それを経年劣化と思うか、経年深化と考えるか。時と共に深まるものは世の中にいくらでもあるんだけど、客の方がそれをわかってくれないと。消し札でも、例えばどこかが欠けたから直してくれってくるじゃない。それを直すと前より良くなるんだよ。厚みがついてね。そこまでやるのが、我々の仕事ですから。

田中:陶器なんかも欠けた所を金継ぎすれば、前より良くなったりしますものね。

右之吉:さっき話してた着物なんかもね。俺が今着てるものだってこれ再利用だから。もとは普通の着物だったものを洗い張りして仕立て直して作務衣にしてるわけ。だから、これを着て仕事をしていてもとても楽なわけですよ。柔らかくて軽くて、新しい着物よりずっと心地よい。

田中:生地の風合いもどんどん良くなりますしね。結城紬の織元と話したことがあって、本当に良い紬なら三代引き継がれたくらいのものが一番だと。母から娘へ、そして孫へと三代にわたって受け継がれた紬の美しさは格別だと。湯通しをして、洗い張りを繰り返し、着込むことでケバが取れ光沢が加わる。色艶も風合いも、3代ですから50年とか100年経過したものが一番綺麗だと言うのです。

右之吉:そう。時間が育む日本の美だよね。持続、継続しないと見ることも手にすることもできないものです。最新のファッションなんてものには存在しない。(後編へ続く

 

 

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