連載

vol.07 気仙沼「福よし」村上健一のさんまと吉次の塩焼き

私が子供の頃、さんまは七輪にのせて、炭で焼いて塩焼きにして食べた。焼き上がりに醤油をかけるとジューっと音を立て、大根おろしを添えると、多少苦みが気になっても、脂ののったさんまはことのほか美味しかった。東京下町の町内の、秋のなによりのご馳走だった。

落語「目黒のさんま」でも、普段、鯛ばかり召しあがっている殿様が狩りにでかけた目黒の田舎家で、ジュージュー音を立てて焼きあがるさんまの塩焼きを味わい、あまりの美味しさにその味が忘れられず、城に帰って目黒で食べた魚を今一度食べたいと所望する。ところが、家来どもは、殿様に下魚を出すわけにはゆかぬと、日本橋の魚河岸から仕入れた極上のさんまから脂っ気をすっかり抜いたさんま料理を膳にのせて出した。殿様、あまりの味の違いに落胆し「さんまは目黒に限る」と。

さんまの塩焼きではらわたが美味しいと思えるようになったのは、大人になってからである。ましてや、頭なぞ、骨が硬いし、焼いてると言っても身ほどではないから生臭く、ほとんど手をつけなかった。初めてさんまの頭が美味しいと思ったのは、気仙沼の料理屋「福よし」だった。

 

気仙沼の先に唐桑という入り江があり、そこに「水山養殖場」がある。「森は海の恋人」のキャッチフレーズで有名になった畠山重篤さんの牡蠣の養殖場である。

今から20年ほど前、私は畠山さんにお会いしたくて、東京から一ノ関まで新幹線に乗り、そこからローカルの大船渡線で気仙沼にでて、終点の気仙沼からはタクシーで唐桑まで出かけた。そして、その日、気仙沼で一泊することになり、畠山さんに気仙沼の美味しい店を紹介していただいた。それが「福よし」だった。

店の奥に囲炉裏があり、ご主人が片手に軍手をはめながら、串刺しにしたさんまや吉次(きんき)を焼いていた。私はその囲炉裏の一角に案内され、その後、時間をかけてじっくりと焼かれるさんまを待つことになった。

魚が焼き上がる間、ご主人のおしゃべりが止まらない。囲炉裏の中の炭火にしても、なかで煌煌と燃える炭と外側で片面は黒いままの炭では役割が違うと会社の社長と平社員に例えて話を面白くするのだった。

そうして、さんまが焼きあがるまで、ほぼ20分。言ってみれば、黄金色に色づいたさんまが目の前に運ばれた。ご主人曰く「頭から骨まで全部食べられます」。その頭の美味だったこと。「目黒のさんま」のさんまを初めて食べる殿様気分を味わった。

食べ終えて、話を伺うと、竹串まで竹林に出かけて竹を切り、魚の寸法にあわせて、竹串づくりするのだという。改めてこの店のご主人村上健一さんを取材したくなったのだが、取材の件を持ち出すと、今まで取材は一切お断りしているとのことだった。

数年後、畠山さんをテレビで取材することになり、唐桑へ出かけた折、「福よし」に立ち寄ることにした。「取材はお断り」とのことだったので、私が内緒でマイクをつけて店に入り、交渉し、やはりだめだったら 、その交渉ぶりをオンエアしようということになった。

いざ、意を決してのれんをくぐると、以前のことを覚えていてくださっていて、すんなりOKが出た。それ以後、人を誘っては「福よし」に出かけた。そうして、2011年3月11日の東日本大震災である。テレビで「気仙沼」の町中が火柱の惨禍を見て、私は畠山さんと村上さんの無事を祈っていた。

 

しばらくして畠山さんとは連絡が取れたのだが、村上さんのその後はわからなかった。それから2年ほどして、「福よし」が再開したニュースを聞きつけ、村上さんの無事を確認した。移転して再開した店は、なんと、以前より海に近く、2階建てのコンクリートの建物で、1階は駐車場、2階が店になっていた。店の雰囲気は以前と変わらず、村上さんは「海があっての店なので、より海に近いところで商売しようと考えた」と言ってのけた。

 

そうして、この夏、久しぶりの訪問となった。ところが、ここ数年、さんま漁が不漁で、昨年は、一度もさんまを焼かなかったという。さんまの漁場が変わり、小型船では行き来が出来ず、大型船は収穫したさんまを気仙沼ではなく、釧路に持っていってしまうとのこと。残念至極だが、今回はまがれいと吉次(きんき)を焼いていただくことになった。

かれいは焼きあがるまで30分、吉次は45分もの間、囲炉裏で焼かれていた。焼きあがるまで、かつおと締めさば、うに、それに海鞘を刺身でいただき、舌鼓を打った。そうして、見事に焼き上げられたかれい、吉次の塩焼きの美味かったこと!

村上さんが述懐する。「以前のようなさんまにはこのところ何年もお目にかかっていないなぁ」。それでも、いつか仲間を誘い、彼らに「福よし」で「さんまは気仙沼にかぎる」と言わせたい。

[連載一覧]山本益博・我が人生の十皿
00 はじめに
01 東京「たつみ亭」荒木保秀の「上かつ」
02 「みかわ是山居」早乙女哲哉のはしらのかき揚げ
03 東麻布「野田岩」の筏の蒲焼
04 銀座「すきやばし次郎」のこはだの握
05「吉い」吉井智恵一 鱧のお椀
06 東京「コートドール」斉須政雄の「しそのスープ」
・07 気仙沼「福よし」村上健一のさんまと吉次の塩焼き