連載

vol.04 漆芸蒔絵人間国宝・室瀬和美(4)

◆積み重ねる「良い器」――――

世紀を越える積み重ねの上に、時代の個性を加える日本の創作は、高い洗練度をもっています。多くの先人たちの技と工夫を否定することなくすべて受け入れ、その上に自分の個性と時代の気分を載せていく。そうした日本のものづくりは、否定から始まる西洋のものづくりとは異なった精神性の高さを持っているのです。良い作品だと認められるためには、過去のすべての作品を凌駕しなければならないのですから。日本のものづくりは、幾多の先人たちと今を生きる作家による共同作業なのです。西洋のひとりの独創が、これを越えることは容易なことではありません。

「積み重ねの美のほうが、はるかに素晴らしい。過去をすべて受け入れながら良い作品をつくるのは、本当に大変です。過去を否認して新たに構築するなら、方向性を変えれば良い。けれど、過去を是認してつくるなら、先人たちが到達した高みに届き、それを越えなければならないのです」と室瀬先生は語ります。

「私たち日本人は、日本のこの高く深く積層する文化を誇りに思い、その素晴らしさを世界に向けて発信しなければならないのです」。

物心ついた頃から漆と接していた室瀬先生が、漆のことを理解できるのに二十年以上かかったそうです。それまでずっと、漆は先生の思うようにはならなかった。それは、先生が漆を牛耳ろうと、このやっかいな素材を自分の思いに従わせようとしていたからです。結果は惨憺たるもの。つくってもつくっても、漆は先生の意のままにはならなかったのです。

けれどある日、自分が漆に従ってみたら、素晴らしい作品が生まれたのです。漆に合わせなければ結果は出ない。先生が漆のことを理解できた瞬間です。素材に寄り添うことで、素材の思いを理解しようとすることで、はじめて素材の素晴らしさを引き出せるようになる。それは、そのまま、日本のものづくり、日本の文化の思想、他者を肯定する価値観を具体化する行為そのものだったのです。日本の作り手たちが積み上げてきた思想は、否定しようのない事実として、室瀬先生の前に屹立していたのです。

否定するネガティブな美ではなく、肯定するポジティブな美を、日本人こそが世界の人々と共有すべきだと、室瀬先生は考えています。使う人を思い、使う場を考え、使う目的にかなう良い器。積み重ねたすべての過去に敬意を払い、その上に自分と時代の個性を加えた良い器。それこそが、先生の考える「良い器」なのです。その「良い器」をつくるために、漆の木の見える仕事場で、室瀬先生は今日もまた、やっかいな漆に寄り添っているのです。

<完>

 

[連載一覧]田中康嗣(和塾 理事長)・日本の宝 日本を語る
01 漆芸蒔絵人間国宝・室瀬和美(1)
02 漆芸蒔絵人間国宝・室瀬和美(2)
03 漆芸蒔絵人間国宝・室瀬和美(3)
・04 漆芸蒔絵人間国宝・室瀬和美(4)
05 能楽囃子小鼓方人間国宝・大倉源次郎(1)
06 能楽囃子小鼓方人間国宝・大倉源次郎(2)
07 能楽囃子小鼓方人間国宝・大倉源次郎(3)
08 能楽囃子小鼓方人間国宝・大倉源次郎(4)