連載

vol.02「みかわ是山居」早乙女哲哉のはしらのかき揚げ

今から30年以上前、「てんぷらは魚の脱水作業」と衝撃的ともいえる名言を吐いたのが、「みかわ是山居」のご主人早乙女(そうとめ)哲哉さんである。

それまで、てんぷらの仕事は「職人の永年の勘」であるとか、「親方の仕事ぶりをそのまま受け継いだもの」だったりした。つまり、てんぷら職人は言葉でもって、自分の仕事を説明することが苦手で、できなかった。それを、一言で射抜いたのが「てんぷらは魚の脱水作業」だったのだ。衣を通して、油の揚げる力でもって、魚の水分を適量抜き取る。それにより、魚を生で食べるより美味しく仕上げたのが「てんぷら」と言う料理なのである。「油の中で魚の水分を抜くためには、衣を粉と水と空気を1対1対1にしなくてはなりません。粉をとくと言いますが、『溶く』のではなく『解く』、こんがらがったものをほどく必要があるんです」

私はこういう話を聞くたびに、わくわくしてしまう。

「みかわ是山居」のカウンター席に着き、早乙女さんの仕事ぶりを丁寧に見ていると、きすを揚げるとき、開いたきすの皮目ではなく身の部分だけに地粉をつけてから衣をつける。

反対に、あなごを揚げるときは、長い菜箸で割いたあなごを鋏み上げ、解いた衣が入った鉢の縁で、あなごの皮目側の衣をすっと落としてから鍋に入れる。きすもあなごも、魚から均一に水分を抜き取るために施す一手なのである。このわずかな一手によって、いつも水っぽいと思っていたきすがさっくりほっこりとしたてんぷらになり、くせがあると思われていたあなごが全く臭みのないてんぷらに仕上がるのだ。味のないと思われていたきすから旨味を引き出し、くせがあると敬遠していたあなごが香りの豊かでこくのある味わいになる、これぞてんぷらならではの妙味ではなかろうか。きすもあなごも東京湾で獲れた「江戸前」の魚だが、鮨屋で使うすし種の7割は東京湾以外の魚介で占められ、てんぷら屋で使うてん種の7割が東京湾で獲れる魚だという。にもかかわらず、「江戸前」と言うと、すしの代名詞となってしまっている。しかも、てん種の魚は揚げる寸前まで、調味できない。すしならば、酢と塩で酢締めにするとか、あなごやはまぐりのように煮含めておくとかするのだが、てんぷらは揚げる寸前まで、きすもあなごも割いておくことはできても、魚に施しができない。

魚の鮮度が命だから、冷蔵庫にいつまでも寝かせておくことができないので、鮨屋より仕事が何倍も難しい。鮨屋の軒数に比べて、てんぷら専門店は100分の1程度しかないことがそれを証明している。客の予約が入っていないてんぷら屋は営業を続けられないのだ。

栃木出身の早乙女さんは、はじめ鮨屋に就職するはずだった。それが、ひょんなことから湯島のてんぷら屋「天庄」のお世話になることになった。17歳のときである。以来、てんぷら一筋。店に通ってくる上野の芸大の先生の知己を得て、やきもの、絵、骨董に目覚め、作家物の食器の収集は、体育館の床を埋め尽くすほどあるという。店で使う食器もすべて作家物で、酒を飲むときには、店の棚からお気に入りの御猪口を取り出して使えるようになっている。店を始めた茅場町から今は江東区福住に店を構えているが、玄関から庭先、店内は壁から天井に至るまで、すべて作家、アーティストの作品で出来上がっている。言ってみれば、小さな美術館の中にてんぷら屋があるのだ。1階がカウンター席、2階がお座敷、3階は待合室を兼ねたギャラリーになっていて、奥には卵型のユニークな茶室まで設えてある。いまは、加藤唐九郎、荒川豊蔵、濱田庄司など人間国宝をはじめとする20人ほどが作陶した茶碗が展示されていて、いつでも手に取って愛でることができるようになっている。早乙女さんが言うには、ガラスケースに入っている茶碗は展示品で、美術品ではないのだという。茶碗は使われてこそ茶碗なのだという。いまは、収蔵庫に収まってしまっているが、先年は、伊藤若冲の絵が10点以上飾られていた。17歳のときから蒐集していたという。

てんぷらに話を戻そう。早乙女さんは「てんぷらを揚げる職人は、科学者にしてアーティストでなくてはならない」が口癖。例えば、あなごは、正確にいうと「揚げる」のではなく、「蒸して、焼く」のだという。鍋の油の中にあなごを入れたときは、衣の水分が介在しているうちは「蒸して」いて、その水分がなくなってあなごを取り巻く油の温度が100度を超えた時点から、今度は「焼く」作業が始まるのだという。そして、すべてのてんぷらの中で最難関なのが「はしらのかき揚げ」とのこと。「はしら」とは青柳、通称バカ貝の柱のことで、これを集めてかき揚げにする。

バットの中から手づかみにした柱を小鉢に入れる。通常の衣より溶き卵が多めに入った衣で、かき揚げにしたとき、小柱は限りなく生に近い状態を保ちながら、衣には火を通さなくてはならない。粉より卵のほうが熱伝導率が高いから、溶き卵を多めに入れるのである。

鍋の中で、頻繁にかき揚げを返しながら、頃合いを見計らって引き上げる。箸を入れると、衣がはらりと崩れ、一口頬ばると、貝柱が甘く、霜柱を踏むような感触で、衣が崩れてゆく。40年近く早乙女さんのてんぷらを食べてきて、非の打ちどころのない「はしらのかき揚げ」は、まだ数えるほどしかない。それほどに、難しい、まさに「秘術を尽くした離れ業」!

こんなすごい職人仕事を「ミシュラン」ガイドは、正しく評価できず、今は非掲載である。その「ミシュラン」の編集部から電話がかかってきたとき、「大学教授の論文を小学生が採点するんじゃない!」と一蹴してしまった。

そんな早乙女さんに初歩的な質問をしたことがある。

「てんぷらは、なぜ、いつも海老から揚げるんですか?」

答えは「外国から入ってきた料理なので、アルファベット順に揚げている。ABCD、、、」東京の職人を50年見続けてきた中で、最大の天才である。

 

[連載一覧]山本益博・我が人生の十皿
00 はじめに
01 東京「たつみ亭」荒木保秀の「上かつ」
・02「みかわ是山居」早乙女哲哉のはしらのかき揚げ
03 東麻布「野田岩」の筏の蒲焼
04 銀座「すきやばし次郎」のこはだの握り
05「吉い」吉井智恵一 鱧のお椀
・06 東京「コートドール」斉須政雄の「しそのスープ」
07 気仙沼「福よし」村上健一のさんまと吉次の塩焼き