私の考える白磁〜人間国宝・前田昭博先生をお招きして

良き白磁には、どこにも絵を描く間がなく、どこにも色をつける余地がない。
自然光の中にある白磁は、陰影の中にあらゆる色彩を含む究極の焼き物なのです。
前田先生の白磁愛、半端じゃないです。人間国宝たる由縁ですね。

四月最初の本科お稽古は、前田昭博先生をお招きして「白磁」について学びました。
ちなみに、前田昭博は「まえたあきひろ」。田は白磁のように濁らない。

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和塾本科お稽古・四月「白磁を学ぶ」
日時:平成27年4月10日・金曜日・19時〜
会場:六本木・国際文化会館
講師:白磁人間国宝・前田昭博先生
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さて、前田先生と白磁の出会いは、大阪芸術大学在学中のこと。初めて見た真っ白な焼き物に衝撃を受けた。陶器に比べるとずっと扱いにくく、しかも白色だけという制限の中に、逆説的な可能性を感じた先生は、それ以来現在まで一貫してこの白い焼き物を追求しつづけておられます。
大学卒業後故郷の実家の納屋を工房として、たったひとりではじめた陶芸家としての人生。まわりには、話し合える仲間も先輩も先生もいない環境で、ほとんど独学でその技を磨いてきた。失敗に次ぐ失敗。悩み苦しみながら、自分が心地よい焼き物を作るためにどうすれば良いかを考えつづけ、試しつづけた。それから20余年の一昨年・2013年、前田先生は重要無形文化財各個認定(所謂人間国宝)を受けています。

前田先生は、強い影響を受けた富本兼一がそうであったように、職人ではなく作家としてのものづくりを志しています。例えば壺。それを液体の入る器としてではなく、彫刻的な造形物として創作する。職人による細工ではなく、作家としての創作です。職人的発想の場合、器は軽くて薄い方が良い。けれど先生は、あえて厚く重い器を創作することがあります。基準は、造形としての美ですから、厚くなることや重くなることは問題じゃない。お稽古にお持ちいただいた先生の作品も、ずっしりと重い。重い磁器なのですが、なんだか柔らかい。土モノのようにしとりとした印象でした。

先生のお話は、まさに「白に憑かれた陶芸家」「陶芸を哲学する陶芸家」としての面目躍如たるものでした。白こそが色の究極であり、それは内観的精神の反映である。作品の簡素さこそが芸術の極致であり、そこに精神の緊張と高揚感がある。カタチは技術で生まれるのではなく、強い想いから創出されるものである。ものづくりは、想いを積み重ねる行為である・・・・。
と、ことばにすると、とても硬質な印象ですが、お人柄なのかそれらのことばが皆、なんだか優しく柔らかい。磁器なのに土モノのようにしっとりと柔らかな先生の作品に通じるお話しでありました。

故郷・鳥取の風土に包まれながら、これからもずっと白磁をつくりつづけたい。と語る前田昭博先生。まさしく、日本の宝たる芸術家との濃密で豊穣なお稽古でありました。

前田先生、ありがとうございました。