ー盆栽〜和の小宇宙ー小松正夫先生 第二十五回和塾

日時:2006年4月11日(火) P.M.7:00開塾
場所:六本木 ロンドンギャラリー

薄い化粧鉢の上に広がる小さくて雄大な景色。山水の景を鉢の中に宿す。十年、三十年、五十年・・、歳月を経て造形された盆栽は見る者を引きつけて止まない深遠な引力があります。が、しかし、毎日の水やりひとつ継続できる自信がない。芽摘みを誤っても、結果が判明するのが数年後と聞いて沈黙してしまうお稽古でありました。

小松正夫先生

盆栽の基本は3つ。『一幹、二根張り、三に枝』であります。幹は足元からの立ち上がりが素直であること。根は八方に広がりしっかりと大地を捉えて安定感があること。枝順が美しく、長さ・間隔・位置が適切であること。これらが皆整わない限り優雅な景色は望むべくもありません。

ところで、盆栽はとても小さいのになぜにかくも巨木のように見えるのでしょう。

樹木は自然の生き物ですから、そのままではあるべき大きさに育ちます。盆栽を創り上げるためには、伸びた芽を次々と摘まなければならない。早い段階で芽を摘むことによって、葉組みや枝組みが密になって大樹・古木の相を表してくるというわけです。絶えず手を加えることによって風致、雅趣が生まれてくる。短くても五年〜十年。長いものは実に数百年の歳月にわたる手塩が必要なのです。

黒松の盆栽

枝姿を整えるために針金を巻き付けて造形する盆栽を見て、西洋の人などは「樹木の虐待」などと考えるとか。そうではなくて、これは樹を教育しているのだ、というのが小松先生の見解。美しい樹に育ってたくさんの人の眼と心を幸せにすることは、その樹にとっても幸せなことなのだ、と。西洋にも剪定でもって樹木を妙なカタチに切りそろえて喜ぶ文化がありますが、自然の樹相をミニチュアに造形するというのはいかにも日本的な風雅かつオタクな文化と言えましょう。

今回のお稽古でちょっと驚いたのは盆栽の販売価格。例えば、先生ご持参いただいた見事な五葉松の盆栽。五十年まではいかないが少なくとも三十年は越えているはずという樹皮も見事に古びた逸品。三十年以上、ほとんど毎日の水やりと絶え間ない芽摘みをはじめとした手入れの日々。塾生諸氏が想像した価格はいかほどだったか・・・。小松先生のお応えは「五万から十万かな・・」。手間を考えると全然合わない、と思うのだけれど、そのような思考の方に問題があるのでしょうか。
しかしながら、これ、もう少し「マーケティング」などを施して「ブランド価値」を向上させれば、ひと桁上で売買可能な気もいたしました。塾生有志がその気になれば十分可能なことではないか? いらぬお世話かもしれませんが。

盆栽道具と赤玉土

先生曰く、植物は葉より根が大事。良い根がが育てば良い枝と良い葉が育つ。基礎が大切なのは、人間や建築物も同じですかね。
盆栽は、毎年彼岸頃に植え替えをし、剪定、芽摘み、葉透かし、針金整姿をし、灌水します。十年後二十年後の姿を構想し、そのための準備をし、構想を現実の姿とするために日々の手入れを継続する。人間修行にも通じるその奥の深さが素敵です。一方で、愛好家が少なくなっているのも頷ける話しではあります。
小松先生は父君からの盆栽家。息子さんも同業とのこと。自分は父親が育てた樹で商売をし、自分が育てた樹が次に息子の仕事になる。引き継がれてゆく日本の文化をさらに豊かにするために、和塾が何かできないものか、少し考えていきたいものです。