ー水墨画を描く~ついでに牛乳画もー中野嘉之先生 第七十二回和塾

日時:2010年3月9日(火) P.M.7:00開塾
場所:大門 リアライズ会議室

Text by kuroinu
墨は香りがイイ。小学生の頃の記憶?。東洋人のDNAにすり込まれた匂い?。香りは過去を呼び戻す力が強いですね。
春、三月のお稽古は「水墨画を描く」。なんだかとても懐かしい気分に包まれた、心地よい経験でした。描いた絵の出来はともかく。

お招きしたのは、私は絵描きです、とおっしゃる中野嘉之先生。多摩美術大学日本画研究室教授。05年には芸術選奨文部科学大臣賞を受賞されています。

中野嘉之先生

先生のお話し、まずは「墨と硯と紙と筆」のこと。塾生諸氏、そういえば、確かなことは何も知らないですね。墨はどのようにつくられているのか、硯は何でできているのか。知ってました?
中野先生のお話しで疑問はすべて氷解した。小学生に尋ねられても、これで大丈夫。な、はずです。

では、そのお話し、以下にまとめてみます。
後半は実技のご報告。中野先生の超絶実技の動画も埋め込んでます。

墨というのは、煤(スス)を膠(ニカワ)で固めたもの。煤は松を低気温の中で不完全燃焼させて採取します。だから暖かい夏場は良くない。木が完全燃焼すると煤は出ないですから。植物性の油から煤を採る墨もあるようですが、色味や肌理、滲みの程度の幅が広い松煙墨の方が水墨画には合っている。燃焼温度や木の状態によって松煙墨の墨色はかなり異なります。深い黒、青みがかったもの、少し茶色に近い黒・・・。先生がお稽古に持ち込まれたたくさんの墨も、ひとつひとつ墨色が異なります。古い中国の墨の深い黒、江戸時代紀州御墨所でつくられた墨の淡い藍黒。色だけではなく、粒子の大きさや、滲みの具合もそれぞれ異なる性格を持っている。北京の老舗文具屋・栄寶齋になんであんなにたくさんの墨が並んでいるのか不思議だったのですが、そういうことだったのですな。煤と合わせる膠というのは、動物の皮や骨などからつくられる接着剤のようなもの。仏像や漆芸など和塾のお稽古ではもうおなじみの素材です。墨に使われた膠は、30〜50年で落ち着くと言われているそうです。

ちょっと余談。墨はもちろん中国で生まれ日本に伝えられたものですが、文化大革命によってその技術は途絶えてしまったとか。近年、日本の墨製造者から製法を学び直し、復活。最近は中国の新しい墨も良質なものが多くなったということです。教えられたり教えたり、隣国とは不思議な縁があるものです。

中野先生の硯と墨

次は硯。硯というのは墨を摺りおろすための石です。良質な石を削りだしてつくられている。当然、石の産地によって硯の性格も千差万別となります。硯石で著名なのは、端渓硯(たんけいけん)や歙州硯(きゅうじゅうけん)。いずれも中国の産。端渓硯は広州の西・西江という町に流れる端渓という谷川周辺で掘り出されるもの。硯は唐代からつくられ、日本にも多数が渡ってきています。淡い紫を帯びた美しい石で、眼と呼ばれる斑点があります。さまざまな彫刻が施されたものも多く、美術品的価値も高い。中には、とんでもなく高額なものもあるようで、今回先生にお持ちいただいた中にも相当な逸品があるようです。歙州硯は、端渓硯と双璧をなす名硯。南京の南、歙県から掘り出される石。端渓硯とは異なり、深い蒼みを帯びた黒色です。比重も重く石質も硬い。
で、この二種の硯、実際に墨を摺ってみると「すり味」が全然違うのですね。先生の貴重な墨と硯を手にして、塾生も実際に摺ってみた。確かに、その感触、異なります。墨をする音も違う。少し柔らかい端渓と硬質な歙州。摺り出される墨の色味も肌理も異なる。硯の世界も知れば知るほど奥が深い。

硯が違うと摺り音も違う。わかります?

 

 

ということで、墨と硯だけでもこんなに多様だということが分かった。水墨画に使う墨汁は、だから本当にさまざまです。選ぶ墨と硯の組み合わせは途方もない数になり、そのひとつひとつの組み合わせで出来上がる墨汁の性格は皆異なるのですから。水墨画は墨の黒だけで描くものですが、実はそこに誠に多様な色が隠されていたのですね。

さて、お稽古はメインイベントの実技へと入ります。
始めは中野画伯によるお手本。だがそのお手本、レベルが高すぎる。牛乳で描く水墨画なんて。中国の画人も驚嘆したというその画法、以下の動画でご確認ください。

 

で、これはレベルが高すぎるので、次のお手本。少し細い面相筆で小鳥を描きます。墨も硯も別のものを使います。では、これも以下の動画でご確認ください。

 

え〜、それでも尚、和塾の塾生には高等過ぎますね。下書きもなしにわずかな時間で描き上がる。先生のおっしゃるとおり、普段からデッサンなどで修練を積んでいなければ、とてもこのようにはできません。なので、お手本実技はさらに続きました。今度は花を描きます。ん〜、これならなんとかなる気もしますが、気のせいでしょうか?

中野先生のお手本・その三

お手本を拝見した後、さていよいよ、実技の始まりです。先生からいただいた宣紙を前に塾生一同筆を手にする。なんでも好きなものを描きなさい。と言われてかえって悩む塾生たち。それでもなんとか皆1枚の作品を仕上げることができたようで。中にはとても水墨画とは言えないような代物もありますが、せっかくなので出来上がりを紹介しておきましょう。

以下塾生の作品です。

季節を無視したようなみぞれが降る都心のビルの中、ポカポカ暖かい気分で大人のお絵かきも無事修了。無心になるひとときは、こんな時代だからこそ必要な時間でもあるのですね。水墨画のなんたるか、までは至りませんでしたが(当たり前?)、とても充実した愉しいお稽古でした。
中野先生の大きくて愉しいお人柄に、今日の寒さも和らいだ。先生ありがとうございました。