ー根来~ねごろって何?ー田島整先生 第六十八回和塾

日時:2009年11月10日(火) P.M.7:00開塾
場所:大倉集古館

Text by kuroinu
大統領の来日を控えて警戒厳重なホテルオークラ。本館正面玄関前の集古館にも警戒の眼が刺さってます。
和塾初めての「美術館ナイトツアー・お稽古」はその大倉集古館で。環境が変わると気分も少し違いますね。天井が高く声の響く会場はいつもより少し華やいだ雰囲気。外国人向け和塾開催へ向けての視察ということで、海外からのゲストも交えて「根来」のお稽古が始まりました。

会場となった大倉集古館

さて、今回のお稽古、お知らせしていた河田貞先生が事情によりおいでいただけなかった。代役は、塾生・世話人でもある田島さん。でも、実は彼こそが今回の特別展の仕掛け人プロデューサーですから、裏話も含めたお稽古はとても楽しかった。田島さんの講師デビューの次第、以下にご報告します。

ず始めに、ここ大倉集古館について少しご説明します。塾生の多くがホテルオークラには一度ならず訪れていたのですが、その正面玄関前にこんな美術館があったことに気付いてなかった。ロビーを臨む正面玄関に立ち、後ろを振り返れば眼前に大きな美術館があるのですが、人間というのは意識がないと眼に入らぬものです。こんな立派な建物がここに屹立していたのか、と驚く。

お稽古前の二階展示室

大倉集古館。明治から大正にかけて財をなした実業家・大倉喜八郎が、収集した古美術・典籍類を収蔵・展示するため、大正6年(1917年)に財団法人大倉集古館として大倉邸の敷地の一角に開館した美術館。私立の美術館としては、日本で最初のものです。伊東忠太が設計した建物は、鉄筋コンクリート造2階建て、銅板葺の中華風。国の登録有形文化財に指定されています。立派な建物です。所蔵品は、国宝「普賢菩薩騎象像」を含む絵画・彫刻工芸品・能装束といった日本の美術品2,000点と35,000冊の漢籍。2階にはこれも中華風のバルコニーがあって、ここからホテルに出入りする要人などを眺めるのも一興です。
田島さんによると、ホテルオークラの創業者・大倉喜七郎は、集古館を創った喜八郎の息子ですから、「集古館がホテルの前に建っている」のではなく、「ホテルの方が集古館の前に建っている」のだということです。以降表現には気をつけましょう。

今回のお稽古は「根来」ですが、根来というのはご存じのように漆器ですね。漆器というのは、木の造形品に漆(うるし)を塗布したモノ。英語でJapan。縄文時代からある日本人の器なのです。和塾にもおいでいただいた漆芸の人間国宝・室瀬和美先生(第十四回和塾)が「熱いご飯は漆器で食べなきゃダメです。陶器のお茶碗は飯椀ではない。美味しさが違いますよ」と仰っていたのを思い出します。いつの間にか、日本の食卓の器は陶磁器が主流となっていますが、日用の器はもとは木造、特に漆器が主流だったのです。
鎌倉時代、その日用品としての朱漆器を大量につくり出したのが、新義真言宗総本山根来寺の工人たち。根来の名称の由来ですね。最盛期の根来寺は、400を越える坊舎と5000人余りの人員を抱える一大勢力。ちょっとした地方都市のような状況です。だから根来寺では、山内の需要に応じるためにさまざまな生産活動を行っていた。漆器生産もそうした活動のひとつだったのですね。朱漆器「根来塗」はこうして産み出された。
つまり、根来塗というのは本来根来産の漆器に与えられるべき呼称。しかし、根来寺でつくられた漆器が、質量共に圧倒的であったがために、やがて良質な朱漆器すべてが「根来塗」と呼ばれるようになったのです。
根来塗は、木の素地に黒漆を下塗りし、その上に朱漆を上塗りしている。日用品として使いつづけると、やがて上塗りの朱漆が部分的に擦れ、下塗りの黒漆が露見する。その景色と塗り肌の味わいが見事だということで、後の茶人などにたいそう愛された。使い込まれて朱と黒の意図せぬ文様が浮き出た器は、確かに美しい。侘び寂(ワビサビ)の美学と見事に整合しています。その美しさは千変万化。しかも、日々用いられることによって始めて現れる美しさ。しっかりとつくられた良質な漆器は、数年の使用くらいで摩滅するような塗りではない。だから根来の美というのは、数百年の歳月がつくり出した味わいなのです。

造形美と歳月がつくり出した味わい。

もうひとつ、根来には塗肌の美ほど着目されませんが、造形の美しさもある。使いやすく機能性に富んだ用の美。美しいからこそ使われつづける。より使いやすく、しかもより美しく仕上げようとする作者・工人の美意識が充満しています。鑑賞のための美ではなく、機能性を逸脱するような過多な装飾もない。単純明快な造形美。海外での人気も頷けるところです。
河田貞先生によると「根来といわれる朱漆器の特質を端的にいえば、用に耐え得る堅牢な作行のものであることに加え、素地の造形美、上塗りの朱漆と下塗りの黒漆による塗肌が醸し出す深い味わいの三点が充足されてこそ生命感が漲ることになる」ということです。

田島整先生です。

お稽古は、田島さんによる解説の後、全館のナイトツアーとなりました。始めに、これこそ和塾ならではですが、いつもは閉じられているガラスケースを少し開けていただき、展示中の根来を手にすることができた。用の美は手にしてこそ本当に理解できる。根来の器は見事に手に馴染むのですね。軽くて、熱くもなく冷たくもなく。この器で炊きたてのご飯など食すれば、さぞかし美味いことでしょう。素晴らしい機能美。数百年の時がつくった景色。どれかひとつ持って帰りたくなりますな。ダメですけど。

良い器は見事に手に馴染みますね。

その後、展示作品の解説がありました。中に、黒澤明や白州正子愛用の品などもあって、皆興味津々。たんに根来展に出かけたのとは深さの異なる鑑賞会となりました。
以下に今回の展示品を少し紹介しておきます。

上から三番目、太鼓に見えますが、太鼓のふりをした酒樽です。飲んべえの隠れ蓑です。その他の作品解説は割愛。田島さんに確認して後日加筆するかもしれないが、しないかもしれない。

というわけで、閉館後の美術館を占拠して実施した11月の和塾のお稽古も無事終了。会場をご提供いただいた大倉集古館とスタッフのみなさま、代役講師を見事に勤め上げた田島さんに御礼申し上げます。おつかれさまでした。ありがとうございます。

※ちなみに、今回の「特別展〜根来」は、15日のNHK日曜美術館に登場しますよ。