ー投扇興〜コツリにつき過料一点ー荒井修先生 第二十九回和塾

日時:2006年8月8日(火) P.M.7:00開塾
場所:銀座 久のや座敷

投扇興みんな花散る里と散る(阿波野青畝)

投扇興が起こったのは江戸時代1773年のことと言われています。京に居た投楽散人其扇という人が始めたとかで、東都浅草・其扇流(きせんりゅう)はこの創始者にちなんで名づけられたものです。

二十九回目の和塾のお稽古は、この其扇流から其扇庵紫蝶(荒井修)さんをお招きして、江戸庶民の遊戯「投扇興」を楽しみました。

荒井修先生

投扇興は、蝶と呼ばれる銀杏型の的に向って開いた扇を投げ、採点して優劣を競う遊びですが、ま、作法がいろいろある。順に説明しましょう。

まずは競技の会場設営。座敷に3メートル余の毛氈を敷き、座布団を3枚用意します。毛氈の中央に枕と呼ばれる的台を置き、その上に的となる蝶を据えます。蝶から投者までの距離、つまり扇を投げる距離は開いた扇4本分(160センチ余)ほど。この位置に投者用の座布団を置きます。審判役である行事用の座布団は、枕の正面になります。
投扇興の競技参加者は5名、投者2名と銘定行司、字扇取役、記録取役。行司はもちろん審判役。扇と蝶の状況を見極めて「銘」と言われる(後述)採点基準を定めます。字扇取役は投げられた扇や落ちた蝶を元に戻す役目。合わせて投者のファウル(お尻が踵から離れていないかなど)を判定します。

毛氈の中央に枕、枕の正面が行事、右手が投者の座布団

準備が整えば、いよいよ投扇の始まりです。まず、5名が所定の位置についたら行司より対戦者名が読み上げられます。「ただいまより、安井殿と瀧川殿の対戦を行います。一同礼」。5名を含め対戦室にいるすべての人が礼をする。次に、投者2名がそれぞれサイを振る。大きな目を出したほうが先攻になる。「安井殿・六、瀧川殿・三につき、安井殿先方にて行います。両者礼」こんどは向かい合った2名の投者が(第二十一回のお稽古で学んだ小笠原流のお辞儀の作法を思い出しながら)礼。行司の「はじめませい!」の声を合図に先方投者の第一投です。

紫蝶先生の模範演技

投扇興では、開いた扇を利き腕の手の甲に載せ、要の下に親指を添えます。逆の手は膝の上。脇を締めて扇を蝶に向けやや前かがみに狙いを定めたら、振りかぶることなくそのまま前方に扇を押し出します。宙を飛ぶ扇が空気の抵抗で蝶の直前でふわりと浮き上がりそのまま蝶と枕の上に落ちるような投擲がもっとも良い。といってもそう簡単なことではありません。
扇が上手に蝶を打てば、このふたつは何らかの関係を形成しながら落ち着くところに落ち着く。両方が離れ離れに毛氈の上に落ちたり、落下した蝶の上に扇が覆いかぶさったり、扇の上に蝶が載る形で落ち着いたり、蝶が落ちて替わりに扇が枕の上に残ったり・・・。この位置関係は千差万別であります。行司はこれを見極めて銘を定める。それぞれの銘には点数がついているから、これでその投擲の点数が確定するのです。

其扇流四十の銘(記録用紙)

さてその投扇興の銘。日本文化にしばしば登場する「見立て」がここにも現れています。見立てとは、モノを本来あるべき存在ではなく別のモノとして見る、ということ。投扇興の見立ては、第一回のお稽古でも登場した「源氏物語見立て」であります。扇と蝶(的)と枕(的台)の位置関係を源氏物語の巻名に見立てる。日本の美意識・風雅・発明の母。和塾三年目にもなれば、少しずつその心が分かってきたような気もするが気のせいでしょうか? そもそもその源氏物語がよく分かっていないので厳しいところもありますが・・・。
投扇興見立てとは例えば次のようなものであります。
●扇・蝶・枕がそれぞれバラバラに毛氈の上に広がっている場合。花が咲き終わって散ってしまった情景を見立てて、源氏物語第11帖「花散里(はなちるさと)」と称します。
●地に落ちた扇の骨の部分に蝶が乗っている場合。竹垣に蔓を巻きつけて咲いている情景を見立てて、第20帖「朝顔」と呼びます。
●地に落ちた扇の下に蝶があり、骨の部分から見えている場合は、「鈴虫」と呼ぶ。虫かごの中に鈴虫がいる情景を見立てているのです。
●地に落ちた扇の紙の部分の上に蝶が立っている場合。扇を船に蝶をその帆に見立てて、「浮舟」と称します。

塾生による対戦です

てな具合に、扇と蝶と枕の位置関係が古くは54の現在の其扇流では40の銘に定められているのです。そしてそれぞれに点数が割り振られている。簡単なものは低い点数、難易度の高いあるいは可能性の低い位置関係には高い点数。前述の「花散里」は、蝶に扇があたりさえすればほぼ成立しますから、点数は最低の1点。冒頭の青畝の詩の意味、わかりますよね。一方で、ほとんどありえないような位置関係の「夢浮橋」などは50点があてられているのです。

行司によって「花散里につき、1点」などと銘が宣せられると、字扇取役が扇と蝶を拾い、記録取役が用紙に銘と点数を記入します。つづいて後方の投者が扇を投げる。行司が銘定し、記録取役が記入し、字扇取役が場を整える。あとは交互に投扇がつづき、5投が終了すると行司が「投席を替えてください」と宣します。投者がそれぞれの席を替わり、先攻・後攻を交代してさらに5投。全部で10回投げ終わると行司が「これにて一席満投」と宣言します。「安井殿30点、瀧川殿45点」などと記録役が読み上げ、「瀧川殿、相勝ち候」と行司が宣すれば対戦は終了。「一同礼」でお終いです。

先生は目隠ししても当てちゃいます

実際にやってみるとこれがなかなか難しいもので。竜笛や日本画の箔置きほどではないけれど、10投でせいぜい一桁の点数がこの日の塾生の成績でありました。
ちなみに、記録に残っている最高得点は、10投で112点とか。そのときの銘は「行幸2つ、総角、須磨2つ、若菜下、薄雲、澪標、少女2つ」だったそうです。

修先生の厳しいご指導に、爆笑する人(奥)と頭を抱える人(手前)

修さんのお話しは、実はお稽古終了後の席で一層盛り上がりました。電気をすべて消すと、本当の色が見えるのだ、とかね。ま、しかしこれは、出席者だけの贅沢なひとときだった、ということにしておきましょう。