ー弓道~的は己の内にあるー飯島正大先生 第六十回和塾

日時:2009年3月10日(火) P.M.7:00開塾
場所:綾瀬 東京武道館 弓道場

弓道には相手がいない。ただ的(まと)があるのみ。だから、負けること(矢が的を外れること)の責はすべて自分にある。相手が強すぎたな、なんて言い訳は無用です。他の武道と比して、弓道が特に精神の修養を重んじる所以です。弓も矢も的も己(おのれ)もない一切空の世界が展開する内面的「立禅」の世界、それが弓道である、というのです。

いささかふやけた日常との落差激しい60回目のお稽古。綾瀬・東京武道館弓道場にて執り行いました。
講師は、飯島正大(まさお)範士八段。全日本弓道連盟競技委員会委員、国際弓道連盟理事、東京武道館弓道師範であります。

飯島正大先生

弓道場に入った塾生は、まず的の遠さに驚きます。遙か彼方にやたら小さな的が見える。的の大きさは、人間の身体の幅に相当する36センチ。的までの距離は15間。まぐれ当たりすら想像できません。なのにこれは近的だと。道場上階にある遠的はこの倍以上の距離だと。毎度、驚くことの多い和塾です。

ちなみに、江戸期の通し矢は、さらに遠い60間(約120メートル)以上の距離。しかも、「通し矢」というのは、この距離を矢で通すのみならず、暮れ六つ(午後6時)から翌日の暮れ六つまで一昼夜24時間ぶっ通しで矢を射る行事だったのだ。もちろん一人でね。さらに驚くべきは、射る矢の本数。記録に残るものでその数13513筋。24時間で1万3千余の矢を放った。命がけですな。

さて、飯島先生のお稽古、まずは道具の話しから。弓は、長さは七尺三寸(221センチ)が基準。握りの位置は中央にない。上から三分の二のところにある。構えた時、上に長く・下に短い。和弓独特の構造です。素材は竹で三枚重ねになっている。矢は、自分の身長の半分くらいの長さが適切。最近は、カーボンやジュラルミンの矢もありますが、やはり竹のものが本旨。とはいえ竹矢はひとつひとつ違う性格を持っている。湿度などの環境条件で変化する部分もある。扱いに難しさがあります。
門外漢には初耳なのが「弽(かけ)」という道具。引き手となる右の手につけるグローブ様の厚い手袋。親指の部分が完全にカバーされていて、弦を引っかける突起がある。おかげで弦はしっかり右の親指にホールドされます。ただし、それがために、弦の離れが難しくなる。弓道では、弦は放すのではなく、離れるもの。なんですが、弽(かけ)が弦をしっかり捉えているので、離れないんですね。だから、初心者は柔らかく突起のない弽(かけ)を使います。

先生の右手にあるのが弽(かけ)です。

さまざまな弓道具を目にすると、刀や甲冑のお稽古でも感じたことですが、弓道においても「美しさ」が大切な要素として組み込まれていることがわかります。機能だけを追うたんなる武具とは異なる存在感がある。矢の羽の美しさ。その矢を仕舞う矢筒の繊細さ。本来の「機能」とは別次元の価値観が横溢している。日本文化の勘所でしょうか。

矢筒

道具の説明が終わると、いよいよ射法実技です。まずは、飯島範士八段の手本披露。それ、弓を使って矢を射る、といった単純なことではないのですね。射に連なる前後の所作のいちいちが精妙複雑善美。芸術です。

射法の根幹部分は、八つに区分されている。
一、足踏み(あしぶみ)
二、胴造り(どうづくり)
三、弓構え(ゆがまえ)
四、打起し(うちおこし)
五、引分け(ひきわけ)
六、会(かい)
七、離れ(はなれ)
八、残心(残身)(ざんしん)
足を大きく開きしっかりと立つ。重心を整え、心を落ち着かせる。弓・弦・矢を定め、視点を的に向ける。弓・矢を持った両手を引き上げる。左手を押し、右手を引いて分ける。心身を統一して機を待つ。矢を放ち、両手を開いて保つ。

弓道連盟の射法図解によれば、上記八つの区分は「終始関連して一環をなし、その間分離断絶することがあってはならない」とある。が、初めて弓を手にして的に向かう身では、終始断絶しつづけることになります。左手を気にすれば右手が留守になり、肩の位置を確かめていると頭があらぬ方角を向き、矢を水平に保とうとするもどこが水平位置なのか分からず、そうこうするうちに押し出した左手が震えだします。しょうがないので、適当なところで右手を放すと、矢も適当なところへと飛び去ります。的に当たるはずもなし。

わずか二本の矢を射るだけの実技でしたが、得も言われぬ爽快感がある。放たれた矢と一緒に何かが自分の身体から離れていったような気がした。考えすぎですか?
飯島先生によると、「頑ななまでに伝統文化の型を守る修練に努め、開眼して己の殻を破り、終にはすべての執着から離れる心境に至る」、それが弓道なのだと。矢とともに離れていったのは、日々の無用な執着だったのかもしれないです。

これ近的ですが、遠いです。

それなりに飛び散った塾生たちの矢

近的での実技を終え、上階の遠的を拝見(的が遠すぎてよく分からないほどでした)して、第60回区切りのお稽古もお開きとなりました。

日本の弓術 (岩波文庫)

オイゲン ヘリゲル / 岩波書店