ー尺八~首振り三年の技ー石倉光山先生 第五十二回

日時:2008年9月16日(火) P.M.7:00開塾
場所:六本木 ロンドンギャラリー

尺八は予想に違わず手強くて酸欠による頭痛に苦しんだ塾生もいたようで。

九月の和塾は久しぶりの実技に手こずる「尺八のお稽古」でした。
小学生の頃吹いたリコーダーはなぜにああも容易に音が出たのか。息を吹き込む歌口に違いがあるのですね。リコーダーにはフィップル(詰め栓の意)と呼ばれる空気の通り道がついている。これによって共鳴部に流れ込む空気の束が制御され固定されるので初心者でも比較的容易に良い音が出る。一方、尺八の歌口は基本的にただ穴が開いているだけ。ですから吹き込む空気を奏者が自分で調整しなければならないのだ。口のカタチ、吹き出す息の強さと向き、楽器の角度、歌口と唇の距離・・・、全部適切でないと音は出ません。つまり、いきなり尺八を手にした初心者は酸欠に陥るという塩梅です。

石倉光山先生

石倉先生、いとも簡単に、充分に大きな素晴らしい音色を奏でます。
あたりまえなんでしょうが、なんだかどうも釈然としないお稽古でありました。

尺八は六世紀頃中国から伝来したといわれる木管楽器。日本に現存する最古のものは正倉院にある六孔尺八。聖徳太子が愛用した、なんて話しもある。長さが一尺八寸(54cm強)なので尺八と呼ばれているのはご存じですよね。
素材は真竹、筍を食すことが多い孟宗竹とは違います。真竹の方が繊維の密度、柔軟性、色、艶などが優れているので様々な用途がある。但し、良い真竹は今時とても少なくなったとのことです。尺八はこの真竹の根株のところから七節一尺八寸を使ってつくります。4~5年以上を経た硬くて強いものを伐採し、火であぶり中の油を抜き取り、天日で十二分に乾燥させ、更に数年寝かせてから加工に取り掛かりる。節はもちろんすべて抜き取る。中継(なかつぎ)という上管と下管のつなぎ目を切りホゾを入れる。指孔を表に四つ裏に一つ開ける。歌口を切り取る。これで外形上は尺八になるのですが、問題は内部の構造です。

尺八を実際手にすると分かるのですが、これ、意外に重量がある。竹でできた縦笛でイメージできる重さではありません。外見からはうかがい知れない内側の構造にもその重さの理由がある。
考えてみれば当たり前なんですが、尺八の内径はどれでも皆同じにつくってある。竹の内側に地の粉や砥の粉、漆などを塗り込んで製管しているのです。地塗りを施し、研ぎを入れ、磨き上げる。根気のいるたいへんな作業ですが、ここが美しくなければ良い音は出ないのであります。尺八はその内側に長い歴史を越えて今に伝わる細工の妙があったのです。

出来上がった尺八、手頃な練習用は6万円ほどから、最高級品は数百万円するものもあるとか。

さて、ではいよいよ、その尺八を手にして音を出してみましょう。出ませんかね?

まずは尺八の持ち方。尺八は表の一孔と二孔の間あたりを中指と親指で挟み顎当たりを下顎に当ててそこを支点に支えます。脇は締めて、肘はほぼ直角になるように構える。
構えができればあとは歌口に息を吹き込む。ただそれだけのことなんですが・・・。前述したとおり、尺八は楽器が吹き込む息を制御してくれないですから、自分で頑張るしかない。ま、二時間ほどのお稽古で見事な音色を響かせようというのが法外なことで。幾人かの塾生がなんとか音らしきものを発していたのが救いでありました。

尺八の基本音高は、ロ・ッ・レ・チ・ハ・ヒの五声。西洋音階では、D・F・G・A・Cに対応しています。五つの指孔を持つ尺八は、この五声をベースに多彩な音色を響かせます。特記すべきは「メリ」と「カリ」の技法。漢字で書くと「沈り」と「浮り」となるこの奏法は、顎の出し引きで音程を上げ下げするものです。尺八を構えながら顎を引くと唇と歌口の距離が縮まり音が低くなる。これが「メリ」。逆に顎を突き出すとこの距離は広がり音は高くなる。こちらが「カリ」。開放管(すべての指孔を開いた状態)で最大4半音もの変化を加えることができるそうです。尺八の奏者がしきりに首を振っていたのは、この技法を使って音高に変化を加えていたのですな。
尺八は、指孔の全開や半開にこのメリ・カリを併用することでなめらかで豊かな音高変化が可能となる。指先、口先、腕と顎、身体の各部が連動し肺から送り出す空気を絶妙に制御できたその時、尺八は見事な音色を奏でるのであります。素人が突然手にしても上手くは行かないはずであります。これは、12半音すべてに指孔(音孔)が開けられている西洋のフルートとの大きな違い。フルートがデジタルに音を成すのに対し、尺八のそれはまるでアナログなわけ。尺八から思い通りの音色を出すためにはこのように超絶技巧が必要でありそれが例の「首振り三年ころ八年(くびふりさんねんころはちねん)」と言われる所以なのです。

石倉先生による「春の海」(宮城道雄作曲)の一節を聴きながら、尺八の奥深さをしっかり確認して、九月のお稽古もお開きとなりました。

石倉光山先生プロフィール
1964年(昭和39年)10月 島根県松江市出身
昭和50年10月 父 石倉央山(いしくらおうざん)から尺八の手ほどきを受ける
昭和51年12月 北原篁山師に師事
昭和53年12月 都山流尺八楽会 准師範検定に当時歴代最年少で首席合格
昭和57年12月 都山流尺八楽会 師範検定に当時歴代最年少で首席合格
昭和58年 3月 渋谷区の国学院高等学校卒業
昭和58年 4月 東京芸術大学音楽学部邦楽科へ入学、尺八を専攻
人間国宝 山本邦山師、人間国宝 青木鈴慕師、人間国宝 山口五郎先生、北原篁山師、横山勝也師より指導を受ける
昭和63年 4月 同修士課程へ進学
平成 2年 3月 同修士課程 修了、論文タイトル『尺八の音色について』
平成 2年 10月 都山流尺八楽会 大師範に当時歴代最年少で昇格

東京都杉並区在住。
宮城会≪指導者のための講習会≫『春の海』では毎回講師を勤めており
宮城会での演奏活動をメインに、都山流尺八生徒の指導・育成に力を入れている。

※石倉先生のWEBサイト(http://shaku8kozan.com/profile/)から画像を少しお借りしました。