リチャード・エマート(Richard Emmert) ―講師プロフィール


武蔵野大学文学部教授
1949年、米国オハイオ州生まれ。68年、アーラム大学入学。70年、初来日、早稲田大学国際部に留学。伝統邦楽と芸能に興味をもつ。72年 アーラム大学卒業後、73年に再来日。同年より能の実技を始め、その後、東京藝術大学で日本やアジア伝統芸能を研究し、修士号取得。博士課程修了。英語能の作曲、演出を数多く手がけ、90年、CD「英語能」を出す。国内外で能のワークショップ、レクチャー、公演などを行い、意欲的に活動中。東京と米国ブルームズバーグ(Bloomsburg)で行うNoh Training Projectの支配人・指導も務める。英語能の劇団「」芸術監督。

関連HP

4 Replies to “リチャード・エマート(Richard Emmert) ―講師プロフィール

  1. 能COMで読ませていただいて、米国出身の大学教授らしいお話だと思いました。
    能の歴史や、観阿弥・世阿弥の多くの資料からあぶりだされる能の本質、
    世阿弥が書き残した多くの伝書、さらにそこに存在する日本の文化の精神、
    さらに世阿弥の成長過程で蓄えられた知的能力の数々、さらに世阿弥が出会った日本の精神文化の作品の数々、そういうものを知らないと、能を理解できることはできない、そう思うのです。万葉集が生まれたのは西暦771年、古今和歌集が905年、木らの草紙が生まれたのは1000年、源氏物語が生まれたのは1011年、徒然草が生まれたのは1330年。一方、シェクスピアの作品が世に出たのは1590年から1612年、「ドンキホーテ」が世に出たのが1605年です。日本文化の極め方が、浅すぎます。

  2. 先日、三鷹の舞囃子の申し合わせで、お見受けしたものです。宝生流の高砂の舞囃子で、神舞の掛かりで一くさり抜け落ちでいました。また、もう少し、シテの謡をくんで、音全体を落として打つべきです。あくまでも、囃子方は、ワキ役。シテの謡が地頭にとどかないような打ち方では、舞囃子が成立しません。当日、地謡が乱れたのは、このせいです。地謡の皆さんは、40年の稽古歴を持つ人ばかりです。
    (私は、大鼓を40年近く打ってきました応身です。

  3. 日本では、能の基本である謡は、素人の弟子として能楽師の門を叩いて入門し、8年ぐらいは、謡の曲の稽古順にしたがって、平物・入門の中から選んだ曲から始めます。
    能関係の稽古には、こんなたとえがあります。稽古の最小年数は、舞2年、太鼓3年、笛5年、鼓8年、謡い10年。素人の謡い手は、20年近くたって、能楽師の先生から「教授嘱託」という免状を頂いて、後進に謡を教えることを許されます。40年、50年の稽古歴を持つ教授嘱託は全国、各流派を含めると、万を越える数になるでしょう。
    ただ、囃子方の分野では、これはあいまいです。

  4. 海外の研究者が、駆け足で日本の文化を調べても、どこまでその本質に迫ることが出来るか、疑問が残ります。日本の文化には、長い歴史と、その文化相互の関りや影響が継承続けてきたので、例えば能を研究するにも、能が成立する以前の、日本の社会の構造、風習、信仰、などを知りませんと、能が生まれる「種」を知ることはできません。黒川能、九州地方に残る沢山の「夜神楽」、日本の田舎に残る祭、その中に見ることのできる田楽、これらが能楽の源流なのです。世阿弥の時代の能の中にわずかに残る、「翁」は源流なのです。観阿弥は、多くの田楽の役者集団から抜け出して、新しい猿楽を考案したのですが、それは田楽の中に「クセ舞」を取り入れたことです。世阿弥になって、源氏物語、平家物語、伊勢物語など、はっきりとした典拠を持つ能作品が増えていくあたりの、能の歴史を知らねばなりません。能楽研究者の表章先生の、研究資料は、後進の研究者には、必読です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です