坂田藤十郎(さかた とうじゅうろう) ― 講師プロフィール

歌舞伎役者
四代目・坂田 藤十郎(さかた とうじゅうろう)。日本の俳優、歌舞伎役者。屋号は山城屋。定紋は五つ藤重ね星梅鉢、替紋は藤花菱。前名の三代目・中村 鴈治郎(なかむら がんじろう)としても、また今なお前前名の二代目・中村 扇雀(にだいめ なかむら せんじゃく)としても知られる。日本舞踊雁音流の家元としては雁音 歌扇(かりがね かせん)。本名は林 宏太郎(はやし こうたろう)。現代歌舞伎の大看板のひとりでもあり、また上方歌舞伎の復興プロジェクトでも主導的な役目を務めるほか、近松門左衛門作品を原点から勉強し直すために劇団近松座を結成している。日本中にブームを巻き起こした『曾根崎心中』のお初は初演以来1000回をつとめ、なお記録を更新中である。

略歴

1931年
二代目中村鴈治郎の長男として生まれる。
1941年
道頓堀角座『山姥』の金時で二代目中村扇雀を襲名し初舞台。
1949年
武智歌舞伎に参加。歌舞伎に緻密な演劇理論を導入した武智鉄二との出会いにより急速に実力をつける。
1953年
250年ぶりに復活された『曾根崎心中』のお初が絶賛。扇雀ブームを起こす。
1955年
松竹を離脱し、東宝のダミー会社・宝塚映画製作所専属俳優になる。
1957年
東宝専属俳優になり、この時に当時宝塚スターの扇千景と出会う。
1958年
扇千景と結婚。
1963年
松竹に復帰し、歌舞伎役者としての活動を再開。
1981年
近松座を結成。
1990年
歌舞伎座『廓文章』「吉田屋」の伊左衛門、『心中天網島』「河庄」の治兵衛、『春興鏡獅子』のお小姓弥生/獅子の精で三代目中村鴈治郎を襲名。
1994年
重要無形文化財保持者に各個認定(人間国宝)。日本芸術院会員になる。
2001年
イギリスのロンドンで『曾根崎心中』を上演。
2005年
韓国のソウルと釜山で『曾根崎心中』『棒縛り』を上演。
2005年
11月 京都南座顔見世『本朝廿四孝』「十種香」「奥庭」の八重垣姫、『曽根崎心中』のお初、『由縁の月』の伊左衛門で上方歌舞伎の大名跡・坂田藤十郎を四代目として襲名。
2007年
世界陸上大阪大会の開会式で口上を披露。
2009年
文化勲章受章。
2011年
7世中村芝翫死去により、日本俳優協会会長代行を務める。
2012年
公益社団法人日本俳優協会会長に就任。

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