西洋の文明に「月見」というのは、ほぼ、ない。彼らにとって月夜は暗くて分かりにくくて、あまりポジティブになれる環境ではなかったのでしょう。どちらかというとそれは、狼男などが物陰から飛び出してくるような剣呑な場。人々を狂気へと誘う怪しげな時候なのです。たぶん、西洋の人々にとっては、物事が明瞭でない月夜などというものは、その理解を越えたアブナイ領域でしかなかった。一方、我ら日本人は、その月夜を殊の外愛でる気風を持っていますね。暗くて分かりにくいからこそ、そこに豊かな世界が広がる。霞がかった山裾や、陽が明け切らない曙や薄暮、黄昏。明白・明瞭なものより曖昧模糊としたものにこそ深みと広がりがある。ストレートの直球で押しまくるような西洋文明とは質的に異なる。見えないからこそ感じるものがあり、はっきりしないからこそ考える余地がある。どちらの文明に品格があるか、言わずもがなでありましょう。もっとも、こうした自ら感じ考える文化というのは、受け手の側にいささかの知性や感性、教養といったものが必要になります。ただ漫然と相対しても、おもしろさの半分も受け取れない。和文化の素晴らしいところでもあり、厄介なところでもあります。

さて、その月見です。これ以上ない贅沢な月見とはどんなものか? 最高峰の和文化体験を提供する和塾として、そこを究めないわけにはゆかない。ところが、これが結構難しい課題です。そのひとつの解答として、「新喜楽御座敷観月会」を開催いたしました。
ご存じのように、和塾では「究極の花見」として、毎春「新喜楽御座敷観桜会」を開催しています。我が国でもっとも敷居の高い料理屋である新喜楽の、中でももっとも入室ハードルの高い大広間を貸切、座敷を桜花で埋め尽くして花見の踊りを余興に花を愛でる。この「春の究極」に対を成す「秋の究極」として、この観月会を位置づけようという企て。

艸心流瓶華家元継による薄の投げ入れ。見事です。
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何よりも先ず、大広間をすすきの原に変える見事な投げ入れをご覧ください。富士山麓から取り寄せた数千本のすすき。歴史的にも貴重な吉田五十八デザインの数寄屋大広間を、これだけ大胆に飾り付けるのは、普通はちょっと無理な相談。料理屋の御座敷ですから、刈り取ったすすきをただ飾るというわけにはいかないわけで。例えば、小さな虫ひとつ残さぬよう数千本のすすきをすべて洗わねばならない、とか。そんな苦労をつまびらかにするのは、なんでもすべて説明する西洋と違って、我が日本では野暮なことですから、皆までは申しませんが、ともかくタイヘン。館の主人が華道の家元継でなければ、不可能であり、その主人と和塾の浅からぬ縁なければ、非現実なことなのであります。

七十畳の大広間を数千本のすすきで飾ります。
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次ぎに、というよりそれが一番肝心なのですが、月見をどうするか。「究極の花見」の場合は、相手が桜ですから、ともかく座敷に桜を集めて咲かせればよろしい。(それだって、もちろん、簡単なことではありませんが・・)けれど、月となると、当たり前ですが、お座敷に月を入れ込むわけにはいかない。考えたのは、新喜楽の所蔵するお宝に「月」はないのか?ということです。
ありましたね。加山又造画伯による雪月花屏風。美術館のガラスケースの中でしかお目にかかれないような逸品を、さすが和の迎賓館、お持ちでありました。無理をお願いして、この秘蔵の屏風を床に据える。屏風の中の明月を愛でましょう、という寸法です。

加山又造「雪月花屏風」
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究極と謳うからには、歌舞音曲も最高峰を用意したいですね。今回は、燭台の灯りで愛でる黒髪。地方に胡弓を入れて。意味不明の方のために少しご説明しましょう。長唄「黒髪」は、数ある日本舞踊の演目の中でもその艶っぽさで一二を争う名曲。恋しい男に想いを募らせ年月を重ねるうち、知らぬ間に美しかった黒髪も白くなっていく。そんな女心が歌詞に込められているのです。花柳界の一流の踊り手が蝋燭の揺らめく灯りの元で踊れば、それはまさに最高の瞬間。花街贔屓の旦那衆でも、そう簡単には実現できない、贅沢な踊りなのです。しかも、今回は演奏に三味線だけでなく、胡弓を加える。哀愁秘めた胡弓の音色がさらに詩情を添えています。

黒髪を踊るのは新ばし喜美勇。
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献立にも、一工夫。床に飾られた月見の団子を、宴の途中で引き下げて、かるくあぶって、あんかけで出す。その他にも、供された料理のあちこちに月に見立てた食材が見え隠れ。これもまた、すべてを説明するのは品のないことなので、あまり詳しくは申し上げませんが、ただ皿の上の料理を口中に放り込むだけの食事とは異なる、知的に贅沢な和食の世界が広がっていましたね。


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亀屋和泉萬年堂特製の和菓子をお土産に、ご参加いただいた皆さまの「一生の思い出」となる月見の宴、無事お開きと相成りました。
また、来年。積み重ねればさらに興を増す日本の文化を、変わらず皆さまにお届けする和塾であります。


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床に据えた月見の団子と魯山人に盛った栗。
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こちらは寄り付きのホールに設えたすすきです。
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text by kuroinu

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