二月堂修二会・お水取りツアー【和塾西山説法特別篇】

古都奈良において1200余年、一度も途絶える事なくつづく東大寺「修二会」。二月堂の舞台を火の粉降らせながら進む「お松明」が有名ですが、それはこの行事のほんの一部でしかありません。修二会の法要は、もっと深くさらに広い・・・。

和塾《大人の遠足》と題した和塾「西山説法」の特別篇は、奈良国立博物館の学芸部長を長く務められた西山厚先生を案内役に、奈良初春の風物詩・修二会の秘密をたっぷりと紐解くアカデミックな一日でした。



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この日は、夜のお松明はもちろん、一般には知られていない練行衆の食堂での行法や悔過作法、国立博物館のお水取り特別展示も、西山先生のお話を聞きながらご案内。『修二会とは何か』を会得する貴重な機会となりました。斯界の泰斗を案内人として日本の伝統文化を学ぶ。和塾ならではの、楽しくてためになるひとときでしたね。
もちろん、そこは和塾ですから、お食事も一流どころで。昼食は「奈良ホテル」、お松明前の夕食は「菊水楼」と奈良の名店を選りすぐりで。東大寺と仏教の魅力を発見する贅沢でまたとない、心踊る一日となりました。

【修二会】
正式な名称は 「 十一面悔過( じゅういちめんけか)」と言う。 十一面悔過は、 日頃の罪過を 二月堂の本尊である十一面観世音菩薩に懺悔し、 五穀豊穣・除災招福を祈る仏教の法要である。
天平勝宝四年 (752年)東大寺開山良弁僧正の高弟、 実忠和尚が創始されて以来、 戦乱や火災など幾多の危機の際も一度も絶えることなく「不退の行法」として引き継がれ、 平成27年(2015年)には1264回を数える。
3月1日から14日まで、 27ヶ日夜(2週間)の間、 二月堂にて本行が勤められ、3月12日深夜には、若狭井という井戸から観音さまにお供えする「お香水」を汲み上げる儀式が行われる。また、行を勤める練行衆の道明かりとして、夜毎、大きな松明に火がともされる。このため「お水取り」「お松明」とも呼ばれるようになった。



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【奈良ホテル】
明治42年10月17日開業。日露戦争に勝利した日本に来遊する外国人が急増し、政府が外国人宿泊設備建設を奨励する中で、総工費約18万円と言われた鹿鳴館の倍ほどの35万円を日本鉄道院が拠出して建設される。西村仁兵衛(都ホテル創始者)の経営のもと、各国王族等に愛されるホテルとして名を轟かせ、大正2年に日本鉄道院の直営となってからは、国の迎賓館に準じて運営され「西の迎賓館」と呼ばれた。その後、第二次世界大戦後の米軍による接収も乗り越え、高度成長期の日本を見守り、現在まで創業時を彷彿させる重厚華麗な姿を保つ、まさに日本の近代史を体現するホテルである。
これまでの宿泊者には、アインシュタイン、満州国皇帝・愛新覚羅溥儀、英国王・エドワード八世、オードリー・ヘップバーンなど多くの著名人が名を連ねる。



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【菊水楼】
明治24(1891)年創業。 明治維新まで郡山城下で旅籠「菊屋」を営んでいた岡本家は、 廃藩置県と同時に奈良に移り、 興福寺興善院跡に菊水ホテルとして創業。 現存する建築物は、 興福寺より譲り受けた貴重な部材や折上格天井など、 今では再現が難しい建築技術が使われおり、 「菊水楼表門」「同庭門」「旧本館」「本館」は国の登録有形文化財に指定されている。 開業当時からある表門は、 もと円成寺塔頭にあったものを移築したと伝えられる。 この塔頭は南北朝の武将・楠木正行に所縁深く、 楠木家家紋が菊水紋であったことから「菊水楼」の名の由来と伝えられている。
多くの名士・文豪に愛され、 玄関には東郷平八郎が菊水楼に贈った書が残る。 料亭旅館として約百二十年の歴史を刻む今も、 伝統の美食に多くの著名人が集っている。



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案内人:西山厚
帝塚山大学教授。専門は仏教史、仏教美術史。徳島県生まれ、京都大学大学院文学研究科博士課程修了。奈良国立博物館学芸部長を長く務め、「女性と仏教」など数々の特別展を成功に導く。深いテーマをユーモアも交えて優しく語りかけるその語り口で日本全国にファンを持ち、TV・新聞等にも多数出演している。
主な著書に『仏教発見!』『僧侶の書』『官能仏教』など。


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