9月『小唄ー唄で描く粋の世界』講師:松峰 照 先生

SONY DSC日時:9月25日(水)19時~21時
会場:品川/品川プリンスホテル新高輪 和室 秀明
講師:小唄家元 松峰照 先生

今から170年程前の江戸末期にひとりの女性がつくり出したと云われる「小唄」。1840年生まれ、幕末-明治時代を生きた、2代清元延寿太夫の娘、清元お葉は夫を助ける傍らで小唄を生み出したのだそう。

三味線を使った3~4分程度の小歌曲。この日はそんな小唄を小唄家元松峰照先生ご指導のもと体験いたしました。

<江戸小唄の創始者といわれる清元お葉(1840-1901)の処女曲を鑑賞>

散るは浮き 散らぬは沈む紅葉ばの
影は高尾山川の 水の流れに 月の影

お葉は当時十六歳。江戸小唄の最初の記念すべき作品は現在まで脈々と口伝に伝わってきているから、驚きます。生真面目な女性の凛とした表情をばちを使わず爪弾きで奏でる三味線と華奢ながら奥行きと幅のある声が描いていきます。

<粋な歌詞「唄うより語れ」>

小唄の歌詞は比較的短く、洒落、皮肉、粋〔いき〕を重要としています。

極端に声を抑制した中でそれらを表現する歌唱法は、熟練した技術を必要とします。
江戸の粋の世界観を描き出す「江戸小唄」を単に「小唄」と呼び、
長唄、浄瑠璃など色々な邦楽の要素が入っているため非常に奥深く、他の端唄と比べて、早間〔はやま〕(早いテンポ)で唄われることから「早間小唄」とも呼ばれるそうです。
先生曰く、「唄の中に、ものを語る気持をいかに織り交ぜるかがポイントよ」と。
唄が音楽としてでなく、絵を描くようにイメージと直結して聞き手の耳まで届く秘訣はどうやら、その唄い方に隠れているようです。

<三味線と唄>

小唄は中棹 [ちゅうざお]三味線と唄によって演奏されます。

ばちを用いずに爪弾いて演奏します。唄の間は三味線が決めていき、曲によって手の込んだ替手 [かえで](全員で演奏している中で一人だけ違う手を弾くこと)が入ったり、唄の後にオクリ(小唄独特の後奏)がつくなど、三味線が重要な役割を果たします。反対に、唄の頭出しはチントンシャン、テントンシャンなど、シンプルな始まり方が多いのが特徴です。

<小唄の流派と曲の数>

江戸の末に生まれてから、小唄が本格的に確立されたのは、明治時代に入ってから。
大正から昭和にかけては家元も増え、戦後はさらに盛んになって小唄ブームとまで言われるようになりました。現在では約70流派(小唄派・堀派・田村派・蓼派・吉村派・春日派・千紫派・春竹派など)が活動を 続けていて、後輩の育成に各流派ともに尽力されているのだそうです。

また、今日まで作られた小唄はその数、二千を超えていて、
現在もそのうちの二百曲程度が唄われているとのこと。
流派や先生の趣味趣向によって伝授される曲は変わってくるとのこと。
今回のお稽古では、俗曲・小唄、民謡、童謡もある中で、松峰先生には和塾塾生向けにと、江戸情緒を体感できる「色っぽい」小唄をいくつか教えていただきました。塾生のみなさん、短い中に詰まった表現の厚みを、体験することでさらに実感いたしましたね。

<和塾におまけ 三味線のご先祖様>

和塾でも登場回数が比較的多き中棹三味線。
今回、松峰先生は特別にその起源となる「蛇皮線 [じゃびせん]」を持ってきてくださいました。
何という粋な計らい!!
蛇の皮が張られた、、、撥で叩くその音色は、どこか沖縄を感じさせるから不思議です。
本州に渡った三味線は、蛇皮から、猫の皮になり音を響かせる力をもたせ、ばちを使い、ときに使わず、多様な表現ができるようになりました。日本の小間やお座敷では聞き手の方、ときにお客様に近い距離で演奏することから爪弾きという演奏方法が生み出されたのではないかといわれています。(写真:本ページトップ画像の中央)

松峰先生、どうもありがとうございました。
塾生のみなさま、いかがでしたか。

 

◎お稽古してくださった 小唄、松峰先生のお稽古場のサイトはこちらです。(http://matsumine.net)

 

 

 

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