第六十回「女性と仏教」講師:西山 厚 先生

日時:2012年12月19日(水)19:00開塾
会場:ロンドンギャラリー白金
講師:西山 厚

仏教は東洋の生み出した叡智である ——

ロンドンギャラリーの小さな仏様たちにくるりと囲まれて、
宗教という概念を軽々と越え要所だけを結晶化させたような おはなし。
2003年に奈良国立博物館『女性と仏教ーいのりとほほえみ』展の企画・開催をつとめられ、これまで歴史・思想・文学・美術を、その相互関係までもつぶさに見つめていらした西山 厚先生だからこそ叶う授業でした。
会場は満員御礼。ご参加くださったみなさま、年末のご多忙な中、お運びいただきくださいましたこと、お礼申し上げます。どうもありがとうございました。

【▼ 授業風景 クリックいただきますと、作品名等、それぞれキャプションが表示されます。】

スライドの中にあった 本日のひとこと ともいえる1枚、

「元気いっぱい、幸せいっぱいの人には、仏教はいらない。
苦しくて悲しくて 耐えられなくなった人が 手を差し伸べたとき…
仏教は悩み苦しんでいる人のためにある。」

—人間の悩み、苦しみ、相手を想う、愛。仏教は、そんなことがベースになっている。

…いわれてみれば全くもって。
されど長い時間の経過が「歴史」となっていること、
人の思いの重なりが新たな感情を生み、その感情がものを作らせ、消させていること。
他人ごとではなく「自分ごと」として見ないと決して見えないファクターを西山先生は、先生ごとを巧みに織り交ぜ、美術品をひもときながら語ってくださいました。
そして、今まで何となく凄いのだろうと思って(さも 解っているぞ、というような顔つきをつくって)見ていた薬師寺の三重塔の秘密、正倉院の宝物の秘密、阿修羅像の幼顔の秘密、お釈迦様が脇から生まれてきたことへの解釈、土佐光重画『道成寺縁起絵巻』をみて「縁起」の解釈、等々、仏教という思想を 視覚化した美術品として見るための 視点とツボをお話くださいました。

我が子を想い、我が妻を想い、我が夫を想い、国の民を想い、生まれた仏像や絵画、美術品、建造物たち。
国の王が、妃が、僧侶たち、尼僧たちが、確かにひとりの人間として
何とかしたい、とすがるような気持ちで最善を尽くした最果ての表現。

仏教には東洋人の、そして日本人の愛が詰まっていました。
ご参加いただきましたみなさま、いかがでしたか。
さいごに、この日のために特別な展示をご用意してくださいました
ロンドンギャラリーの田島さまにも改めてお礼申し上げます。

 

また常日頃から和塾を応援してくださったみなさま、
今年も一年間どうもありがとうございました。

どうぞ良いお歳をお迎えください。

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