幇間ー太鼓持ちのお座敷芸ー悠玄亭玉八先生 第十二回混合クラス

日時:2010年6月16日(火) P.M.7:00開塾
場所:赤坂金龍 奥座敷

Text by kuroinu
昭和も初めのころ、ある太鼓持ちに客の旦那が無茶な注文。芸者衆と歩く道すがらに見つけた泥池に飛び込め、って言うんですな。太鼓持ちは考えた。旦那の命に背くわけにもゆかず、従えば一張羅の紋付きが泥だらけになる。旦那の「飛び込め、飛び込め」という声に、覚悟定めた太鼓持ち、泥の池に飛び込んだ。大笑いした客の旦那はそのまま芸者衆とお茶屋に向かう。全身泥まみれの太鼓持ちはというと、泥だらけのまま座敷に上がるわけにもいかないから、急いで住み処に舞い戻った。自分の部屋に入ってみると、なんとそこには最高級の紋付・着物が一揃え置いてある。一部始終が、粋な旦那のお遊びだったのですな。

その頃、東京には300人を越える太鼓持ち=幇間がいたと言います。そして、その太鼓持ちを毎日のように座敷に呼びつける遊び慣れした旦那たち。粋な時代があったものです。
今では、東京の太鼓持ちはたったの4人。お稽古においでいただいたのは、その中のひとり、悠玄亭玉八師匠です。今やその存在自体が絶滅危惧種の貴重品なのです。

悠玄亭玉八先生

落語家は話すのが商売。太鼓持ちは聞くのが仕事。別名の幇間というのも、酒間幇助からきているわけで、客と芸妓、客と客の間を取り持ち、酒宴を見事に仕切り、旦那の気持ちの良い自慢話を引き出すのが太鼓持ちなのですね。
つまり、怪しげなお座敷芸が主業務というわけではない。でも、我らにとっては、あの艶っぽいお座敷芸が気になるところ。ですね。
なので、今回のブログは、玉八師匠のめったに見られないお座敷芸動画特集をお届けいたします。ご覧ください。

最初の動画は、都々逸の「相惚れ」。あんこ入り。都々逸というのは、七七七五でつくる艶唄。「惚れた同志が、所帯を持てば、これが本当の、相惚れだ」→七・七・七・五、ですね。動画では、この都々逸の間に大薩摩(江戸古浄瑠璃のひとつ。勇壮豪快な曲調で江戸荒事の伴奏曲として用いられる)が挟まっていますね。だから「あんこ入り」というわけです。
ともあれ、緩急自在な師匠の都々逸、ご覧ください。

次のお座敷芸は「因州いなばの三人婆」。三人の老婆がそれぞれの初体験について語り合います。だんだん年齢が上がっていく婆さんの演じ分けが見事なものですね。七十七才と八十八才と百才のお婆さん。座り方がちょっとずつ違ったりしてます。話しの内容は、まあ、相当くだらないです。忘れてください。

3つめは「太鼓腹または太鼓尻」。みなさんもどこかで見たことがあるような気がするあのお座敷芸。屏風を使った一人芸です。この芸は、玉八さんの師匠だった悠玄亭玉介が創作したもの。屏風の向こうにいる旦那に耳を引っ張られたりします。

最後の動画は「どろんどんどんどん」が耳に残って夢に出てきそうな艶芸。内容は、あまりにエロいのでここには書きません。気分を害されても知らない。自己責任でご覧ください。お座敷の酒の席でないところで見るものじゃないかもしれません。

実はこの艶芸、英語バージョンや中国語バージョンもあるのですが、それは出席した塾生だけの思い出としておきます。いやはや・・。

玉八師匠によれば、屏風芸のような動きのある出し物はむしろ簡単だそうで。難しいのは、歌舞伎役者のセリフ芸や都々逸弾き語りなど。ちょっと修行を積まないと素人には手が出せないようです。そして、さらに難しいのが、酔った旦那のお相手。紋付着物一式揃えてやる度量もないのに悪戯だけは一人前の旦那崩れとかね。それでも尚、太鼓持ちは酒間を取り仕切る。『馬鹿のメッキを張った利口者』でなければ務まらない仕事なのですね。

蛇足1)玉八師匠の襦袢が傑作でした。柄がね。写真載せておきます。

蛇足2)日本の大学で「太鼓持ち部」とか「幇間サークル」のあるところ、知ってますか? 落語研究会ならたくさんあるのでしょうが、太鼓持ち研究会というのは聞いたことがない。でも、これ、大学生にはとても良い活動だと思います。何より、日本の古典芸能を広範に学ぶことができる。(長唄・端唄・浄瑠璃・三味線・囃子・踊り・舞・歌舞伎・落語・・・・)これだけ多種類の古典芸能に触れられる部活動なんて他にないでしょ。その上、太鼓持ちを極めれば就職にも断然有利でありますから・・・。
設立を希望する学生の方は、今すぐ和塾までご連絡ください。玉八師匠による直接指導をセットいたしますので。

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