細川家の十八代目・細川護熙さん。熊本県知事を経て、第七十九代内閣総理大臣を務めるなど、現代の日本政治に大きな功績を残したことで知られています。政界を引退した後は、神奈川県湯河原の自然の中に閑居を拓き、晴耕雨読の生活を実践。心のおもむくまま作陶や書画の創作に取り組んでおられます。その作品からにじみでる深い味わいが、国内外で高い評価を受けているのはご存じの通り。本企画は、その細川さんの湯河原のご自宅にお邪魔して氏の魅力にたっぷりと接する特別な機会。しかも今年は、山桜がお庭に咲き誇る頃を見計らっての開催です。ご自宅に隣接する工房を拝見し、ミッテラン大統領も訪れた小さな茶室では氏の作品でお茶をいただきます。ご自宅の居間では、細川さんを囲んで、芸術文化を語り合います。まさに貴重な和塾ならではの機会であります。




細川さんの暮らすこの地は、もともと氏の母方の祖父である近衛文麿が保養のために求めたところ。お祖父さま亡き後は、お祖母さまが80代後半で亡くなるまで、小さな菜園いじりを楽しみながら、ひとりきりで暮らしていました。細川さんも学生の頃よく遊びに訪れていて、いずれはここに住みたいと、その頃から願っていたそうです。
1998年に政界を退いた細川さんは、さっそく住まいをここに移し、「不東庵」という庵号を定め、今に至るまで生活の基盤をここに置かれています。






不東庵は海にも山にも近く、庭にはご自慢の枝垂れ桜の老木や山桜、藪椿、紅白の梅、木犀などの樹木が植わっています。もちろん、湯河原ですから、家のすぐ上に湯元があり、いつもこんこんと湯が沸き出ています。
細川さんの暮らす母屋は、約30坪ほどの平屋の家屋。お祖父さま・お祖母さまが使われていたそのままの小さな建物です。居間の軒先には、お祖母さまご自慢の雲南紅梅(迎春花)の蔓棚があって、この日は庭の枝垂れ桜も軒の迎春花も、その可憐な花を咲かせていました。枝垂れ桜と迎春花を同時に楽しめるのは、本当に貴重なこと。ご参加のみなさまには、思い出深い一日になったことでしょう。

ちなみに、庵号の由来となった「不東」は、細川さんが薬師寺の高田好胤師から教わった言葉。三蔵法師玄奘が天竺に仏法修行に出発するにあたり、仏法を極めることができなかったら生きて再び東方にある母国の土を踏まない、とする彼の決意を表したもの。それ以来この言葉は、何ごとをするにも不退転の覚悟をもってすることの同義語として使われているといいます。





















まさに「最高峰の和文化体験」をご提供いただいた細川護煕氏に、この場を借りて、重ねての感謝を記します。ありがとうございました。

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